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続々、札幌でサッポロ一番を食べる! ~僕とサッポロ一番のハネムーン

 三度目の札幌だった。九月のシルバーウィーク。白髪の一本も生えていない僕はサッポロ一番を胸に抱いて札幌に降り立った。もう君を離さない。僕らの絆はこの札幌の地でダイヤモンドよりも固く結ばれたのだ。僕は胸に抱いたサッポロ一番に語りかける。
「三度目の札幌だよ。もう君を離さないよ」
 僕はこの言葉通り今回こそサッポロ一番のみそ味を見失わず食べ尽くすとサンヨー食品の本社のどこかに鎮座している神に向かって誓った。もうサッポロ一番を札幌の街に連れ出してススキノの風俗男に攫われるなんてしない。そう決意を固めて僕は今回の旅行のために予約を入れていたサッポロ一のラグジュアリーホテルに入った。

 僕はサッポロ一番のみそ味とホテルに入るときまるで新婚ほやほやの夫婦みたいな感覚を覚えた。そうなのだ。僕らは今結婚したのだ。二度の札幌の大事件を乗り越えて今僕らは永遠に結ばれる。もう離しはしないよ。僕は胸元の五個入りパックのサッポロ一番に向かって囁いた。僕はもう札幌観光なんてする気はなかった。あの無駄な散策のせいで僕は二度もサッポロ一番を失った。だけど今度はもうあの草原に一直線だ。今度こそ僕らはあの緑輝く草原で結婚式を挙げるのだ。

 僕らがここまで来るのにどれほど周りの無理解に晒されたか。バカな同僚。二度に渡って僕のサッポロ一番のみそ味をバカにした札幌のラーメン屋のデブの店主。ああ!だけどそれでも僕らの愛は続く。サッポロ一番はいつもそのツルツルのビニールパッケージの中で微笑んでいた。今日も私を食べてとそのつやつやした麺を見せて僕に食べられてくれた。一度など僕のために女体化までしてくれたのだ。ああ!サッポロ一番のみそ味!僕らはとうとう結ばれる!君の故郷で今こうして結ばれる。

 それから僕らは一日中ベッドで戯れていた。ああ!サッポロ一番との素敵な時間。決して東京では味わえぬ喜びよ。僕らは服を着たままで愛を確かめ合った。体の代わりに心を固く繋ぎ合って。サッポロ一番のみそ味よ。僕は君といずれこうなるってわかっていたんだ。いつも僕に食べられてくれた君。女体化して僕の前に現れてくれた君。二人で過ごした長すぎる歳月。今僕らは結婚する。

 一晩に渡るハネムーンの後で僕らは目覚めた。部屋の窓の外にはサッポロ一番のみそ味そのままのオレンジの空が見えた。僕は胸元のサッポロ一番に囁いた。今日はあの草原で君を食べるよ。僕はサッポロ一番を食べ尽くすためにホテルを出た。

 僕はサッポロ一番と共にスーツケースを引いてスウィートホテルを出てまずは近所のスーパーへと向かった。朝の札幌は東京を小さくした地方都市に過ぎないが、サッポロ一番を一緒に歩いていると、あの彼女を食べた時に見る夢の札幌が浮かんできた。だが僕らのハネムーンはまだ始まったばかりだ。これからあの夢の草原に行くために素材を買わなくては。

 僕らは朝から開いていたスーパーに入った。どうやらここには僕らのハネムーンに必要なものはすべてあるようだった。僕らはとりあえず店内を歩き回ってサッポロ一番を作るために必要なものをすべでカゴにぶち込んだ。ガス、キャベツ、じゃがいも、包丁など。そして僕らはレジにカゴを出したのだが、レジの店員は訝しげな眼で僕と僕に抱かれているサッポロ一番をみてこう言ったのだ。
「あの、お持ちしている商品も購入されるんですよね?それもカゴに入れてもらえますか?」
 呆れ果てたバカ者だと一瞬怒りに駆られたが、そうなのだ。サッポロ一番は即席麺なのだ。僕はこの当たり前の事実に思い当たると我に返り、もしかしたらこの店にもサッポロ一番が置いてあったのかとひそかに喜んだが、しかしその幻想は一瞬にして砕かれた。
「あっ、間違いでしたね!それって札幌じゃ誰も食べないサッポロ一番じゃないですか。お客さんも人が悪いなあ~。お客さんってもしかしてYoutuberですか?札幌じゃ誰も知らないサッポロ一番わざと店に持ち込んで僕らがどんな反応するか面白がってたんでしょう!」
 ああ!なんて酷いのか!ここまで札幌一番を侮辱するとは!僕は怒りに駆られて袋に詰められた商品を持ち札束を投げつけて店を飛び出した。僕が店から出た時、店員がまっすぐ僕のもとに駆け寄ってきた。どうせおつりだろう。そんなものくれてやると僕はダッシュで駆けようとしたが、その時店員が後ろからこう叫んだ。
「あのぉ。お金足らないんだけどぉ~!」

 相変わらずの札幌だった。しかし何故に札幌人民はここまでサッポロ一番を軽んじるのだろうか。僕は自分が今でさえ抱いている幻想をひたすら破壊しようとする札幌人の無理解っぷりに泣きたくなった。ああ!何故にサッポロ一番はここまで人気がないのか。僕は胸のサッポロ一番をぎゅっと抱きしめた。だけどもう泣きはしない。僕らにはあの約束の地である草原が待っているのだから。あの鐘を鳴らすのは僕とサッポロ一番、君と二人なんだから!
 僕らはスーパーのバカ店員に改めて札束を投げつけてそれから二人を草原へと連れて行く馬車ならぬ車を借りようとレンタカーショップに入った。ここでも僕らは好奇の目で見られた。札幌でサッポロ一番を連れて歩いているのは僕らだけだ。他の札幌人民は日清やらマルちゃんやらを連れて歩いているのだから。僕はカウンターの店員を睨みつけてこう言った。
「僕ら二人にふさわしい車を用意してくれ」
 だけどこのバカ店員は僕の言っていることが全く分からなかったようで、こんな頓珍漢な事を聞いてきた。
「あっ、お連れ様は外にいらっしゃるんですね。この時間は寒いですからよかったらお連れ様も中に入れて差し上げてください」
 なんというバカさ加減か!この札幌という土地はどこまで僕とサッポロ一番を侮辱すれば気が済むのか!貴様の言っているお連れ様はいまここに、僕の胸に抱かれているではないか!ああ!なんて憐れなサッポロ一番この札幌で誰にも認められず、賞味期限まで暗い倉庫に閉じ込められているだなんて!だが僕も大人だった。さっきのような真似は二度としない。僕はサッポロ一番を麺が砕けそうなほど抱きしめた。そして無言で貸渡証にサインをした。さあ、これでバカな札幌人民としばらくおさらばだ。僕らはこれから草原へと果てしない旅をする。

 二人の結婚式場に向かうための果てしなき旅。僕は草原へと続く長い道を走る車の助手席で寝ているサッポロ一番に向かって微笑んだ。こんなにトラブルなしで草原にたどり着けるってことがどうしてこんなに奇跡みたいに思えてくるんだろう。愛しているよサッポロ一番。早く草原で君と結婚して……それから何をするかわかっているだろ?準備はもう万全さ。鍋もガスも包丁もキャベツもじゃがいももバターもみんな揃っている。ああ!だけど油断は禁物だ。僕らの旅はまだ始まったばかり。この人生という名の終わりなき旅はまだ入り口にさえたどり着いていないのだ。僕は父がよくカラオケで歌っていたミスター・チルドレンの『終わりなき旅』を大声で歌った。ああ!僕の歌はうまいとはとても言えないけど君への思いを誰よりも込めて歌うよ。僕とサッポロ一番の終わりなき人生への旅。さあ今ここから僕らは始まるんだ。

 その時目の前に横転している車が現れた。僕はそれを見て不吉なものを感じて思わず目を閉じた。横転している車の前には何人かの男がうろうろしていた。僕は車を無視して通り過ぎようとしたが、だがこのまま不吉なものを無視するといつまでもと付きまとわれるという予感に襲われた。だから僕は彼らを救い不吉なものを追い払おうと思い、男たちを助けることにした。
 僕がサッポロ一番にそこで待っててねと声をかけて車から降りた。それから男たちに声をかけたのだが彼らは僕を見ては声をあげて喜んだ。彼らの話ではキャンプに行こうとこの道を走っていたが、突然熊が車の前に現れて急ブレーキをかけたところ横転してしまったそうだ。熊は横転した車を何度も小突き何も出てこないのを確認してどこかに去ってしまったらしい。彼らはレスキューはもう呼んだが、早く車を起こさないと中の食い物がつぶれてしまうと嘆いた。四人がかりで車を起こそうとしたのだが、四人ではちゃんと起こせるか不安だといった。彼らは僕をじっと見て車を起こすのを手伝ってくれないかと頼んできた。僕は力仕事はからきし苦手だが、この目の前の不吉なものをそのままにしたら僕とサッポロ一番の結婚式に不幸が起こると思って手伝う事を承諾した。僕は彼らにグローブを取ってくると言って車に戻ってきた。僕は助手席のサッポロ一番に謝った。ごめんよ、やぼ用に付き合わせて。でも彼らを助けなきゃ僕らは完全に幸せになれない気がするんだ。大体君も不幸な人たちを見捨てて自分だけ幸せになるなんて出来ないだろ?なに、車を起こしたらすぐに戻ってくるよ。

 車は意外にあっけなく起きた。どうやら僕の力なぞ必要もなかったようだ。だけど男たちは僕に偉く感謝してくれた。男たちは車を開けて中身をチェックしてどうやら大丈夫なようだとか言い合っていた。僕も手伝おうとしたが、彼らは恩人にそんなことはさせられないと断ってきた。それで僕は男たちに別れを告げて車に戻ろうとしたが、その男たちの中の一人が僕に観光客かいと聞いてきた。僕がそうだと答えると男はにっこりと笑っていいねえと言った。そして今からどこに行くのとまた尋ねてきた。僕は少しためらったが、サッポロ一番との結婚を控えていたせいなのか妙に高揚した気分になり、つい草原でラーメンを作って食べるんですよと正直に話した。すると男はおおと感嘆の声をあげたのだが、何か思い当たることがあるらしく俯いて考え込んだ。
「そういえば、ススキノの風俗で働いている友達がラーメン屋でサッポロ一番拾ったって話したなあ。それ聞いて俺爆笑したんだよな。だっておかしいだろ?そいつ同じ店に二度もサッポロ一番の五個入りパックを後生大事に抱えてラーメン屋に入ってきたって言うんだぜ。いくらラーメン好きでも札幌じゃ誰も食べないサッポロ一番抱えてラーメン屋に入ってくる奴があるかよ」
 僕はそれを聞いて衝撃のあまり倒れそうになった。ああ!今頃になってようやく、しかもこんな所でサッポロ一番の誘拐犯の手がかりを掴むなんて!僕は二度に渡るサッポロ一番誘拐事件の事をミクロなまでに鮮明に思い出した。ああ!いまでも女子の開ききった毛穴が醜く見えるほどにあの忌まわしい事件を思い出すよ!ああ!今からでも遅くはない!奴を捕まえてやる!しょっ引いてサッポロ一番の即席麺作りの強制労働をさせてやる!僕は男に向かってその風俗店の男の名前と住所を聞こうとした。だがその時だった。男が突然ぎゃあああああと物凄い叫び声をあげたではないか。
「ああ!アンタの車の中にさっきのクマが入っているぅ!」
 僕はそれを聞いてぞっとしてレンタカーの方を見た。ああ!なんてバカでかい熊だ!僕は男たちに向かって全力で助けを求めた。しかし男たちはレスキューを待たせているにもかかわらず、エンジンフル全開でその場から逃走してしまったのである。そのエンジンの音にビビったのか熊もまた逃げ出した。ああ!しかも愛しいサッポロ一番を口にくわえて!サッポロ一番は僕のものだ!僕だけのものだ!誰にも、獣にだって渡さない!僕はサッポロ一番をすくために全力で追おうとした。だけどちょうどその時やってきたレスキューに羽交い絞めで止められた。僕は発狂してこう叫んだ。
「熊さんお願いだから僕のサッポロ一番を食べないでくれ!彼女は僕が食べるんだから!」

 その後僕は強制的に札幌市内に連行された。もうサッポロ一番の救出どころじゃなかった。僕はそのまま東京に強制送還されあの五個入りパックのサッポロ一番とは永遠に別れる事になった。ああ!どうして僕らは順風満帆に結婚することが出来ないのか。どうしてトラブルばかり起こるんだ。僕はたまらずマンションのベランダで絶叫する。
「ああ!僕らはどうしていつもこうなんだ!トラブルなしで満足にサッポロ一番も食えないのかよ!」

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