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蒸発した両親に再会したのだが…

 私の両親は私が赤ん坊の頃にいなくなった。親戚の話によるとどうやら二人で蒸発したらしい。親戚の人は度々私の前で両親の事を全くとんでもないやつだ。生まれたばかりの子供の前で蒸発するなんてと非難していた。だけど私は特に両親に対してなんの感情もなかった。当たり前といえば当たり前である。何故なら両親との思い出など何もありはしないからだ。

 両親が蒸発してひとりぼっちになった私を育ててくれたのは親戚だが、正直に言って親戚の私に対する扱いは酷いものだった。どうせあなたも蒸発するんだからと毎日一食しか与えられず、親戚の子からもお前も蒸発するんだろとか度々揶揄われた。私が怒って蒸発なんかしないと言うと、そんな事わかるもんか、カエルの子はかえる。絶対お前は蒸発すると決めつけた。

 そんなわけでどの親戚ともうまくいかずたらい回しにも程があるぐらいたらい回しにされた私だが、苦学してどうにか大学に入り就職も決まった。そんな時である。私は急に赤ん坊の頃に過ごした家に行きたくなったのである。何故かはわからない。記憶には勿論なく、写真でしか知らないそんな場所に何故行きたくなったのか。それはもしかしたら社会人になる前に一度自己を振り返れという、神様からの啓示だったのかもしれない。とにかく私は行くべきだと思った。蒸発した両親がクズ人間でもそれでいい。彼らは私を産んでくれたのだから。

 それで大学が最後の夏休みに入った時私は思い切ってその場所を尋ねてみた。驚くことにその場所は空き家になって二十年以上経っているのに全く古びておらず、今も人が住んでいるような気がするほどだった。そこは少し広めの平屋で家族三人なら十分に暮らせるぐらいだ。私は家に足を踏み入れた瞬間何故かキンキンに冷えた冷房の風を感じた。私は誰かいるのかと思い声をかけたが、誰も出てこない。もう一度わたしは声をかけた。すると「まだ暑い!やっぱり冷房の風ではダメだ!冬の氷点下を待たねば!」という謎の声が聞こえた。その声が聞こえた途端わたしはいきなり外へと放り出されてしまったのだ。

 いきなり外に放り出されて私はオバケのしわざかと怯えたが、しかし私は親戚の連中が言っていた事を冷静に考えたのである。もしかして両親は物理的に蒸発してしまったのではないかと。だから氷点下になるまでうちに来るなと言ったのだ。私は蒸発してしまったとはいえ両親が生きていることに思わず涙した。両親は私を捨てて逃げたのではない。本当に蒸発したからわたしに会いたくても会えなかったのだ。

 私は両親に会うために冬まで待つことにした。いつもは大嫌いな冬だが、今回は別だった。早く両親に会いたいそんな思いばかりが先走り季節がなかなか変わらないのを歯痒く思った。そしてとうとう冬が来だので私は両親の家に向かった。

 玄関のベルを鳴らすと中年の女性が現れた。見知らぬ女かと思ったが、よくみるとどこか写真の母親の面影があった。ああ!間違いないこの人は母だ。母も私を見ていきなり号泣してお父さんが茶の間にいるから今すぐ上がりなさいと言って私を家の中に上げた。

 茶の間には見知らぬ、どこかサザエさんの波平や小津映画に登場する父親を思わせる男が座っていた。しかしその姿は写真の面影があり、やはりこの人も私の父親であるのだ。私は氷点下の霜がカビのように立っている茶の間で震えながら泣いた。父は黙って私にお茶を出してくれた。しかし氷点下なので湯呑みの中のお茶は液体ではなく、緑色の氷であった。父は黙って私に三葉の写真を見せてくれた。三葉の写真にはそれぞれ結婚式の両親とお腹が膨らんだ母を抱いた父と、そして蒸発したのか体が見えず私を抱いた二人の手だけが写っていた。この三葉の写真を見て私は両親がどれほど私を愛していたかを痛いほど感じた。父は涙がつららになってしまった顔でで私に向かって叫んだ。

「この最後の写真は蒸発しはじめた時慌てて取った写真なんだ。消えてゆく前にせめてお前と写真を取っておきたかったんだ。ああ!蒸発なんてしてなきゃお前をひとりぼっちにさせなかったのに!」

 母も父に釣られて泣き出した。母も父と同じように涙をつららにして泣いている。私も今までの孤独を埋めるように熱く号泣した。両親は氷さえ溶かしてしまうほどの熱い号泣ぶりに恐れ慄いてしばらく壁際に引っ込んでいた。しばらくしてから私は両親にどうしてこんな目にあったんだ秘密の実験にでも巻き込まれたのかと尋ねた。こんなアニメでもやらないようなバカバカしいなんてどうかと思うが、今僕の前で起きている事はアニメを遥かに超える異常事態だ。両親は僕の問いに躊躇ったが、しばらくして重い口を開いて話しはじめた。

「こう見えても俺たちは昔凄いやんちゃだったんだ。小学生の時にシンナーを覚えてから、中学高校時代はあらゆるトラック一台分を有に超えるドラッグをキメまくっていた。かかあがお前を妊娠した時もドラッグキメまくってたな。だがそんな時出会ったのが、新種のドラッグのヘリウムウィスパーだった。お前が産まれた頃だよ。俺たちは街の屋台で買ってさっそくうちで決めようぜって言って早速家でやろうとしたんだ。したらお前説明書に蒸発の危険ありとか書いてあるじゃねえか。俺はそれを読んでかかあに早く決めなきゃコイツ蒸発するらしいぞって言ってすぐに二人でキメちまったんだ。だけどさ、まさか俺たちが蒸発するなんて思わなかったよ」

 何というクズ親か!全くヤク中で救いようがないではないか。興味本位で手を出したクスリで蒸発して全てをふいにするとは!しかしそれでも私は彼らと別れることが出来なかった。これでも親なのだ。血の繋がった唯一の家族なのだ。

「勿論蒸発してからもお前に会おうと思っていた。実際にお前の住んでいた家には氷点下の日に何度も行ったんだ。だけどお前はいつも部屋にこもってストーブとエアコンをつけていたじゃないか。それで会いたくても会えなかったんだよ」

 ああ!あの頃の私は世の中が信じられなくなって冬の間はずっと引きこもってエアコンやストーブで自分の冷え切った心を温めていた。もし私が心を開いて氷点下の外に出ていればもう少し早く両親とも会うことが出来たのに。

 その時玄関を荒々しく叩く音がした。私は両親に誰か来ているよ?と聞いたが、両親は首を振って出ていかない。玄関からは誰かが無理やりこじ開けようと激しくドアを叩く音がした。それを聞いたのか両親が急に私に向かって寒いだろ?エアコンでもつけないか?とか言い出した。私がそれじゃ二人共また蒸発しちゃうじゃないかと慌てて断ろうとしたが、両親は私の言うことを聞かず勝手につけてしまった。両親はあっという間に蒸発して消えてしまった。残された私は悲しみに泣き叫んだが、その私に向かって家に押し入ってきた男がこういった。

「おい、この空き家に入って電気沢山使ってたのはお前か!やっと捕まえたぜ!今日こそ電気代666万円きっちり払ってもらうからな!」


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