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庶民派

「先生、いよいよ選挙戦が始まります。これから約一ヶ月間、我々も一丸となって先生を再び国会へと導くよう精一杯努力します!しかし先生。今回の選挙は我が党に対する風当たりは非常に強く、一部のマスコミは我が党が過半数を割るのではないかと報道しています。特に先生のような強面で政界を球筋の裏まで知り、かつ裏の裏金を貰っているような、いや、これはあくまで世間のイメージで我々は先生は清廉潔白、政治資金以外は鐚一文銭など貰っていないことは重々承知していますが、そう世間が思い込んでいる議員は今回の選挙は非常に厳しいものになることが予想されます。今回の選挙はそういうイメージを一から払拭しないと勝てません。先日我々秘書一同はそのことを知り合いの広告会社の人間と政治関係のコンサルタントに相談してみました。したら彼らは一様に口を揃えて言うではありませんか。今回の選挙は今までのようにただ地元に金をバラまいて集会でおべんちゃら述べて後援会の連中とビフテキを突いているようじゃだめだ。今そんなことやっていたら癒着だって袋叩きだ。今回の選挙戦はひたすら庶民アピールだ。どこまでも庶民の代表を演じて票を稼げと。元々先生は貧しい家の生まれ、学歴もなくひたすら苦労して政治家になった身です。その貧しい時代に返って心を新たに選挙戦に臨みましょう!」

 国会議員金田目金五郎はこの秘書からの言葉を聞いて大激怒した。人の苦労を知らないでいけしゃあしゃあとペラペラ抜かしやがって!俺は今の地位を手に入れるために泥水啜って生きてきたんだ。いつも水が漏れている安アパートで早く金持ちになりてぇって成り上がってきたんだぞ。この金と名誉を手に入れるために汚れ仕事を散々やってきた。議員になってからも他の2世議員や官僚出の議員たちにバカにされないようにテーブル作法とか国会議員に相応しい作法を覚えてきたんだぞ。そんな俺に今更あんな〇〇○みたいな連中の真似事でもしろってか!ふざけんな!

「ふざけんなこのバカ野郎!何が貧しい時代に帰って心を新たに選挙を戦おうだ!そんなことしたらマスコミのいい笑いものだわ!裏金が貰えなくなって貧乏になっちゃったのなんて書かれるに決まっとるわ!それに他の候補に笑われたらどうすんだ!」

「いや、それでもやらねばならないのです!しなければ先生は今回の選挙で大敗北し本当に庶民に成り下がってしまいます。今回だけは耐えて庶民の代表として選挙に臨んでください。勿論我々だって先生をお助けします。そのためにすでに先程話した広告会社とコンサルタントを雇って下準備は整えています!先生ここは正念場です!もう一度国会に上がるために是非お願いします!」

 この秘書の説得にさすがの金田目金五郎も折れた。確かに今の状況は自分にとって最悪だ。下手したら我が党自体が政権から落ちるかもしれん事態だ。もしかしたらあの今まで金をせびっていた地元の連中はもうあのいけすかない野党の候補に鞍替えしているかもしれない。そうなったらもう自分は終わりだ。我が党が終わっても自分だけは受からなくては。受かった後は……時の流れのままに従うさ。水に落ちた獅子は棒でも突いて沈めりゃいいんだ。金田目金五郎はまっすぐ秘書たちを見つめて言った。

「わかった。たしかに俺は世間から金満の傲慢政治家と呼ばれている。だが本当の俺は一人の国民としてひたすら誠実に国を思って政治に取り組んできたんだ。俺は今から一人の庶民になるよ。庶民になって国民たちに向き合うよ。だからとりあえずそのコンサルタントを連れて来てくれ。そいつの指導を仰ぐから」

 そんなわけで金田目金五郎はコンサルタントの厳しい指導を得たのち庶民派にイメチェンして新たに国民の前に姿を現したのだった。選挙活動中の金田目をテレビで観たものはあまりのイメージの違いにびっくりしただろう。オンボロトラックの荷台に乗っている彼は似合わないどころかブランド名すら知らないんじゃないのと突っ込まれそうなほど着こなしが酷い高級スーツを着たデブデブの国会議員時代の彼ではなかった。その代わりにいたのは至る所が敗れ汚れだからけの古いスーツを着た一人の痩せ切った一候補者がそこにいたのだ。金田目はボロボロのスーツをこれみよがしにアピールしながらカメラに向かって涙ながらにこう語った。

「議員っていうのは皆さんが思うほどお金を貯めているわけじゃないんですよ。貰っても事務所代や人件費や事務代や、今やっている選挙代で全部吹っ飛んでしまうんです。まぁハッキリ言って赤字ですよ。だから議員になるのは金持ちか二世議員しかいないんです。だけどそういう人間は庶民の心がわからないんです。私は貧乏な生まれでせめて見栄えだけよくしようと今まで無理してレンタルした高級スーツを着ていましたが、今の不況にあえぐ日本を見てそんなカッコつけなど意味がないことを悟りました。私はありのまま庶民としてこの選挙戦を戦います」

 金田目金五郎はそうひとしきり語り終えた後、脇に置いていたコンビニ弁当を持って食べ始めたのだが、そのコンビニ弁当は廃棄寸前の九割引のものだったのだ。記者は金田目に尋ねた。

「コレが私のような貧乏上がりの国会議員の実情なんです。だけどこんなもの庶民の苦労に比べたらなんでもないんですよ」

 そう言って金田目は弁当を食べ始めたが、彼は箸を震わせゆっくりと少しずつ食べた。しかしいくらもしないうちに渋い顔をして弁当を秘書に渡したのだった。マスコミはそれを見てすかさず彼にその弁当は捨てるのかと尋ねた。すると彼は顔を思いっきりしかめ、しばらく黙りこくった後こう言った。

「いや、残りは夜食べるんです。食事なんかに金なんかかけられませんよ。我々政治家は最低限のものさえ食べられればいいんです」

 新しく生まれ変わった庶民派候補金田目金五郎の街頭演説は地元から始まった。それは今まで悪評を全て翻す見事なまでの庶民派政治家の演説であった。地元の人々はこの今までろくに街頭演説せず地元の後援会に全て任せっきりの男の演説に割れんばかりの拍手を浴びせた。人は一見悪そうな人が優しいところを見せると実はあの人はいい人なんだと錯覚してしまう。この金満傲慢政治家の金田目金五郎は地元でもそのようにして今までの悪評を払しょくし清廉潔白な政治家としてアピールすることにとりあえずは成功したのだった。

 たが当然懸念はあった。街頭演説が好評といってもそこに集まるものは皆彼と彼の政党の支持者ばかりである。支持者にいくら清廉潔白なんだとアピールしても大多数の無党派層を取り込めない。しかも今回テレビで評判の地元出身の元外交官が無所属で立候補してきた。この男の演説は地元どころか全国ニュースでも取り上げられ女性ファンまでついていた。金田目の地元は投票数第二位までが当選である。彼は野党の候補者と常に一二位を争ってきた。決していつもトップ当選したわけではなかった。そこに無所属の外交官が立候補してきたのである。となると今回は二位にすら入れず落選してしまう可能性もある。しかも今回は裏金疑惑のせいで比例区も下の下だ。落ちたらもう終わりだ。その元外交官はルックス通りのさわやかさな弁舌で聴衆を魅了していた。

「皆さん、本題にはいる前にここでちょっとしたエピソードを話します。外交官時代の話です。私が今まで外交官として欧米を駆け回っていましたが、その時代に苦労したのは他国の要人との交渉ではなく、国会議員の先生の接待でした。先生方は我々にすべて会談用の原稿の作成を含めた下準備を全て丸投げにして遊び惚けていました。そのくせ接待の食事には非常にうるさいのです。これは日本の政治家だけがそうなんです。私の知っている外国の要人は皆食事にはこだわりませんでした。それもそのはず、彼らには食事にこだわっている時間などないのです。ハンバーガーつあれば事足りるのです。それなのに日本の政治家は皆食事にこだわります。そのくせこの選挙期間中に限っては皆揃って普段食べたこともないコンビニの弁当を食べたがるのです。この間テレビで某候補者がどこかから借りてきたトラックの荷台で賞味期限ギリギリの弁当を食べている場面を見ました。その候補者は明らかにいやいやその弁当を食べて、しかも全部食べずに秘書に渡したのです。テレビでは夜食べるとか言っていましたが、おそらく捨てたのでしょう。私はそんな事はしません。なぜなら私は昔から食事は常におにぎり三個と決めているからです。おにぎりは忙しい外交時代の私にとって貴重な栄養源でした。それは今になっても変わりません。おにぎりパワーでこの選挙戦を戦っていきます!」

 金田目陣営はこの自分たちの作戦を見透かしたような演説をした元外交官を何とかせねばと考えた。こうなったらもっと貧しい格好をして庶民アピールしなければならない。秘書たちは再び金田目を説得したのだった。しかし今度は金田目の素直に説得を受け入れた。現地に入って実情を目の当たりにした金田目にはもうなんでもかんでも受け入れるしかなかったのである。

 こうして金田目は再びモデルチェンジした。庶民から貧民へと変わりぼろぼろのスーツととっくに賞味期限切れのおにぎりを手に街頭演説に立ったのだった。

「皆さん、今日本の経済はとんでもなく苦しい時を迎えています。それは我々政治家が一番痛感していることです。だけど私は思うんです。こんなぼろぼろのスーツを着たひもじい私でもこの美しき町の皆さんために命を尽くして何かが出来ると。皆さん私と共に声をあげてください。そしてその声を国会に届けてください。私は生まれてからずっとこの町で生きてきました。他の候補者のようにお金も学歴もなくただ庶民の一人としてこの町の皆さんの声を届けるために尽くしてきたのです。だから皆さん、庶民の代表であるこの私を皆さんのお力で国会に上げてください!」

 天気予報を予測しまくりでテレビや各メディアを呼んだこの金田目金五郎の雨ざらしの中行われた涙の街頭演説はとんでもない反響を呼んだ。今まで金田目を金満極悪裏筋金と軽蔑していた人間さえ彼を見直したぐらいだ。演説の帰りオンボロトラックの荷台に乗っていた金田目は演説の反響を見て勝利を確信した。調子に乗った彼は手に持っていた賞味期限過ぎまくりのおにぎりを見てふざけんなとばかりに田んぼに向かって投げ捨てた。

 その後金田目は自分の選挙事務所に戻ったのだが、事務所に入るなり事務員から先生に郵便が届いたと言って一枚の封筒を手渡された。その華やかな封筒の差出人には彼が学んだ中学校の名前が書かれ、その下に〇〇クラス一同と彼の在籍したクラスの名前が書かれていた。封筒を開けてみるとやはり同窓会の誘いであった。金田目は手紙の内容を読んでニンマリと笑った。そういえば自分は今まで同窓会なるものに一度も参加したことはなかった。というか選挙期間中以外はろくに地元に帰ってきていなかった。子供時代にいい思い出など全くなかったからだ。

 金田目は中学時代貧乏であることを理由に散々いぢめられた。彼はそのいぢめに耐えられず学校を退学して通信制の学校に入り直して卒業しそのまままっすぐ東京へと飛び出したのだった。だからためらいはあった。だが自分の成り上がった姿を見せつけていぢめっこたちを傅かせたいい気持ちはそれ以上にあった。首を垂れいぢめっこたちを見下して勝者の笑みを浮かべたい。金田目はにっこりと笑みを浮かべて同窓会に参加することを秘書に伝えた。

 さてその同窓会の当日である。金田目金五郎はすっかりジジババに成り果てたかつての同級生の拍手喝采の大歓迎を受けてホテルの一室に設けられた同窓会の会場に入り、ジジババにエスコートされて王様気分で上座の真ん中の自分の席に行ったのだが、彼はそこで信じがたいものを見たのであった。彼のテーブルには賞味期限どころか虫さえ湧いているような弁当とおにぎりが置かれ、その脇にはもうカビで発酵して確変しきりのなんだかわからなくなったビールらしきものが置かれていたのである。金田目は愕然として周りを見渡した。するとなんと皆高そうなフレンチのフルコースではないか。しかもワインは二十五年もののロマネコンティだったのだ。呆然としている金田目のそばにジジババの一人がやってきてヘラヘラ笑いながらこう言った。

「昔はいろいろ悪かったな。みんなを代表して謝るよ。コレさ、お詫びの印にお前のために用意させた食べ物なんだ。選挙頑張れよ。俺たち応援してるか……おぼっ!」

 ジジいが言い終える前の一発だった。金田目は完全にブチギレてしまった。このクソがいつまでも俺をいぢめくさりやがって!今度こそ殺してやる!殺してやるわぁ!

 金田目金五郎が不幸だったのはこの同窓会が秘書たちの自分のイメージアップのために半ば仕込んだものだという事に気づかなかった事だろう。金田目が大激怒した弁当もおにぎりも確変してなんだかわからなくなったビールも金田目のイメージアップのために秘書たちが用意した仕込みであった。金田目は自分の復讐心と優越感に浮かれて自分が今選挙戦の真っ最中だということを忘れてしまったのである。憤激の治らない金田目は弁当やらおにぎりやらビールやらそこら中に撒き散らして他にもいろんなもの撒き散らした。

「このクソがぁ〜!まぁ〜だ俺を貧乏たれといぢめようとするか!俺はお前らなんかよりじゅ〜とじゅ〜と金持ちなんだぞ!本業だけじゃなくて裏の裏からいっぱいたくさん貰っているんだ!国会議員様を舐めるんじゃねえ!」

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