全身女優モエコ 第四部 第四回:モエコ決意する!
「あなたドラマの仕事ちゃんとあったじゃない!なんでモエコに隠していたのよ!最高だわ!こんな役が演じられるなんて信じられない!やっぱり神様はモエコを見てらしたんだわ!モエコお前にこの役を与えよう。しかとこの役を演ずるのだぞ。ああ!モエコ演じます!あなたに与えられしこの役しかと演じ遂げて見せます!」
「バカ野郎!お前はちゃんと台本読んだのか!今お前が手にしている台本の役はシンデレラみたいなお子様芝居じゃねえんだぞ!全部本気で演じなきゃいけないんだぞ!お前にはそれがわかってるのか!」
「バカはアンタの方よ!モエコが本気じゃなかったことなんて一度もないわ!それと私の大事なシンデレラがお子様芝居だって!芝居がわかってないのはアンタよ!アンタなんか鉄の箒で百叩きされるといいんだわ!」
「確かに隠してたのは俺が悪い。ただ隠すにはそれだけの理由があるんだよ。お前もうちょっと冷静になって最初から台本読んでみろよ」
「モエコはいつだって冷静よ!おかしいのはアンタじゃない!モエコからこんな素敵な仕事を取り上げるなんてどういうつもりよ!」
私とモエコの口論は平行線で互いの意見が全く噛み合っていなかった。台本を読んだ感動で衝動のままに役をやると張り切っているモエコと、その台本の中身を何度も、それこそ穴が開くほど読んで内容を確認した私とでは話など噛み合うわけがなかった。
そのモエコが読んた『海辺のバイブル』の第九回の内容はこんな話になる。上代一家の長男で浪人生の達夫はたびたび外泊する様になった。父親の義政と母親の典子は彼に理由を聞くが達夫はぐらかすばかりでまともに答えようとしない。しかしそんなある夜のことである。その夜父と母と長女の三人はレストランで食事をとっていたのだが、その時長女の絵梨花がレストランの前を達夫と彼と同じ年頃の見知らぬ女性が肩を並べて通りかかるのを見たのだ。絵梨花は早速その事を父と母に伝え、家族三人はすぐさまレストランを飛び出して外を歩いている達夫たちをを呼び止めた。父と母は達夫に向かって女性との関係を問いただすが、達夫は狼狽し、女性は謎めいた笑みを浮かべて狼狽する達夫を残して去ってゆく。この女性、杉本愛美役が今回モエコに依頼された役だ。ここまではいいのだ。まぁモエコの年齢と精神を考えるとかなり大人びた役だが、彼女の才能なら十分にカバーできる役だ。
しかし、次の場面の愛美が長男に向かって自分の過去を話す場面があまりにも衝撃的過ぎた。女性は貧しい生まれの人間で高校を中退して働いていたが、ある日夜道で突然レイプされてしまう。台本にはその情景が生々しすぎるほどに書かれている。男たちは集団で抵抗する女性を殴りつけ、服を剥ぎ取ってシュミーズ一枚にすると、男の中の一人が仲間に手足を押えつけられた女性ゆ力づくでレイプする。こうしてまとめてもその場面の衝撃が伝わるだろう。しかしそれを超えてとんでもないのが、その事実を泣きながら話した女性と長男がセックスしてしまう場面である。セックス場面は長男は童貞という設定だから女性にリードさせると印字されていた。さらにハッキリと行さえ開けてハッキリと注意を引くようにこんな内容が印字されていた。
『ラブシーンは二人ともオールヌードで。乳首も背中も尻も全部撮る』
その他に後から手書きで書かれた注意書きには、本気でセックスしているように演じてとか、むしゃぶりつくような激しい演技してとか、乳房を掴んで乳首を吸い上げる所が撮りたいが大丈夫かとか、あとその他いろんな注意書きやら要望等が書き込まれていた。
モエコよ!お前はこの内容を読んで出るなんて言っているのか?大体今の17才のお前にこんな役出来るわけないんだ!もしかして上手く演じ終えられたら確かに話題にはなるかもしれない。社長の言う通り女優として一気にブレイク出来るかもしれない。しかしいいのか?お前は成功と引き換えに大事なものを失ってしまうんだぞ!いいか?こんな役17才のお前には出来るはずないんだよ!私は迅るモエコに向かってお前にはまだ早いんだと言おうとした。しかしである。
「モエちゃん、こんなの演じちゃダメよ!これって……これって!モエちゃんにはまだ演じられないわ!私にだってこんな役演じられないもの!」
モエコに台本を見せられたらしき真理子が発した言葉だった。ああ!真理子も私と同じ意見であったか。当たり前だ。17才の女の子にこんな役を演じさせるなんてどっからどう見たっておかしいのだ。モエコよ親友の忠告を聞いてもう一度台本をお読み。そしてこんな仕事今すぐ断るんだ。
「何言ってんのよ真理子!あなたまでそんなこと言うの?どうして二人ともモエコがこの役を演るのを止めるのよ!モエコは女優なのよ!女優だったらなんでも演じるんでしょ?」
「バカ野郎!真理子はお前のためを思って言ってるんだ!お前はちゃんと台本読んだのか!隅から隅まで台本読んでそんなこと言ってんのか!遊びじゃねえんだぞこれは!下手したらお前の人生をめちゃくちゃにしちまうんだぞ!さぁ早くこんな仕事私には出来ませんって断れよ!お前には輝くばかりの才能がある。こんな仕事蹴ったって次があるんだ。なかったら俺が絶対に見つけてやる!」
私はこの時本気でモエコを説得したのだ。モエコには未来がある。その未来をここで失わせるわけにはいかない。今は雌伏の時。だが耐えよモエコ!きっとお前はじきに輝く太陽になるはずなんだから!
「冗談じゃないわよ!モエコはさっきからずっと台本を読んでいるのよ!台本が体の中に染み込むように食べようとさえ考えているんだから!確かにモエコはこの台本の半分も理解していないかも知れない。だけど感じるのよ!台本の中の女性がモエコに泣いて頼むのよ!『モエコ、私を演じて……。私を演じられるのはあなたしかいないのよ』って!この女性はモエコなの!モエコそっくりなの!貧しい家に生まれてテレビ代欲しさにおぢさんとおともだちごっこしていたモエコそっくりなの!彼女もきっと田舎にいた頃のモエコと同じように毎日泣いていたんだわ!ろくでもない両親にお金を貪られてきたんだわ!モエコこの子を演じたい。それで何かを失っても絶対に後悔なんてしない!だからモエコにこの役を演じさせて!」
そう言い終わるとモエコは崩れるように倒れて号泣した。私はその必死なモエコの姿に何も言えずただ床に這いつくばる彼女を見つめることしか出来なかった。正直に言って私はモエコの女優への想いを軽く見ていた。勿論彼女の女優への激しい思いは痛いほど感じていた。しかしまさかここまで、文字通り命を賭けて何かを演じる事に執着するとは思わなかったのだ。
今真理子が彼女に手を差し伸べた。真理子は泣いていた。私はこれを見て新幹線で二人が出会った場面を思い出した。モエコはあの時のように真理子に抱きついて泣いていた。真理子は私を見て仕方がないといった顔でこう言った。
「猪狩さん、もうこうなったらモエちゃんの好きにやらせるしかないよ。だって彼女もう完全に女優さんなっちゃったんだもん」
私も真理子と同じように思った。こうなったら仕方がない。モエコはこの役に女優生命を賭けているのだから。私に止められるはずがないのだ。モエコのその短い女優人生はブレーキのない特急列車であった。終点のない線路を爆速で走り結局命が途切れるまで駆けたのだ。私はモエコに向かってもう一度この仕事本当に受けるんだなと聞いた。モエコは涙を流しながらハッキリ「やるわ」と言った。私はモエコの答えを聞くと真理子に電話を借りて事務所に電話し、電話に出た事務員に社長に代わるように言った。そして社長が「なんじゃい」と電話に出ると私は自分でも驚くくらい冷静にモエコがドラマに出ることを承諾したと報告した。
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