花山さん
花山さんはとある田舎町の銀行の出張所の受付をやっている。花山さんは非常に優秀な女性で彼女がいなければ銀行は回らないと言われているほどだ。いや、言われている程ではなかった。実際にこの出張所は彼女一人でどうにか持っていた。勿論花山さんの他にも行員はいる。だが皆彼女のようにお金を数えられず、書類も作成できず、それどころか電卓さえ打てなかった。銀行でも花山さんが一人で働いているそばで一日中職場の同僚同士で、あるいは順番を待っている客たちと話しているような有様だった。こんなことじゃこの田舎に一つしかない銀行もすぐになくなるぞといろんな人が言っていたが、どうにか持つもので、花山さんの圧倒的なまでの孤軍奮闘でこの出張所はどうにか生き延びていた。
その花山さんに見合い話がきた。見合い話は彼女の父親が持ち込んできたのだ。相手は県庁所在地に住む会社員である。花山さんは乗り気でなかったが、父親がどうしてもと頼み込むので仕方がないから受ける事にした。
しかしいざ相手と会ってみたらなかなかの好青年で好きになってしまい付き合う事になり、とうとう結婚まで考えるようになったが、ここで重大な問題にぶちあたった。彼は結婚後も仕事をすることは賛成だと言ってくれたが、ただ彼は県庁所在地在住であり、そこに職場もある。県庁所在地から出張所のある田舎町までの交通手段は限られていて、とても毎日朝通うなんて不可能だ。彼は県庁所在地なら割りのいい仕事は沢山あるし、田舎町の仕事にこだわることはないんじゃないかと言った。花山さんも彼のいう通りにしようと考えたが、しかし自分が退職した後仕事が出来ない上司や同僚しかいない出張所はどうなるのか。間違いなく閉鎖されるだろう。そうしたら町やその近隣の村の人たちはどうなるのだろう。あの人たちはお金を預けに行くにも降ろしに行くにも車で二時間近くかかる市まで行かなくちゃいけない。そうなったら町や村の人たちはもう終わりだ。自分も長年住んできた町の人たちが泣くのはみたくない。花山さんは上司や同僚たちに仕事を覚えさせなければと決意した。
花山さんは朝礼の席でまず自分が銀行を辞めるかもしれない事を伝え、そしてそれ以後の出張所の存続のために上司や同僚に向かって銀行を閉めた後毎日二時間研修のために残るようにお願いした。しかし根っからの田舎者の上司や同僚は馬耳東風であぁ〜とか、もう半分ボケが入っているような状態だった。少し、いやかなり頭に来た花山さんはさっきよりもずっと厳しい口調で同じことを繰り返した。その花山さんの訴えにようやく上司や同僚も危機感を感じて泣きながらやめねえでけれと花山さんに訴えた。おめがいねがったらこんのすっつぉうぞなぐねっつまうだ。おねげえだ。やめねえでくんろ。だが花山さんにも将来がある。いくら愛するこの出張所のために未来を捨てるわけにはいかない。花山さん涙を流してこれからは皆さんでこの出張所を、この町や村の人々を支えてくださいと訴えた。上司や同僚は泣きながらの花山さんの訴えに涙し研修参加するべと約束した。
さてその研修の時間であった。花山さんはシャッターを締め切った出張所で一人呆然としていた。上司や同僚は朝あれほど研修に参加しろと言っておいたのに営業が終わると花山さんにあとはよろしく頼むべと言い残して皆帰ってしまったのだ。
花山さんはがらんとした出張所の中で思いっきり叫んだ。
「お前ら自分の働き場所がどうなってもいいのかよ!」
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