さよならロック
さよならロック。さよなら二人の季節。
ロック好きだった私たち。毎年フェスに行ってた。サマソニ、フジ、ロキノン。その他数えきれないフェス。夏はフェスが日常だった。
でも私たちの好みは少し離れてた。彼は邦楽は聴かないし、私は古い洋楽に夢中になれなかった。彼の進めるビートルズ、ストーンズ、フー。六十年代七十年代のイギリスとアメリカのロック。クラプトンやジェフ・ベック。ジミヘンとジム・モリソン。好きになろうと思ったけど全然ダメだった。
だけど私たちはそんな価値観の相違を超えて強く結ばれていた。だけどどんな夢もいずれ終わる。ロックという夢の終わりから醒めた時に見るのは現実という殺風景なもの。どうせなら夢から醒める前に別れたい。
彼と夢中になったロックの夢を詰め込んで離れてゆくアパート。ボロアパートだったけどロックの夢は溢れるぐらい詰まっていた。何でも持っていけよなんて酔いの果ての見栄っ張りなセリフ。酔いが醒めないうちに出ていくよ。彼の好きだった古いバンドのレコード。彼が好きだったバンドのTシャツ。彼がフェスで貰ったサイン入りのピック。思い出に貰っていくよ。
朝焼けに照らされたアパート。彼は爆睡している。書き置きに書いた別れの言葉。『私たちはそろそろ大人にならなくちゃいけないんだよ』。そう私たちは大人にならなくちゃいけないんだ。この現実を生きていくために時には汚いことだってしなくちゃいけないんだ。
私は部屋から持ち出した彼との思いで一式を詰め込んだリュックを背負って全速力でかけ出す。アパートが見えなくなるまで。彼がもう私を見つけられなくなるまで。さよなら。永遠にさよなら。私は心のなかで何度も同じ言葉を繰り返す。もうこれからは現実を生きていかなくちゃいけないんだ。
土手のガード下に座り込んでリュックを開ける。中には彼と過ごしたロックな日々の思いでバックパッカーが背負うような大きなリュック。私は中に入れたものを取り出してスマホを手に持った。
「ここまで来たら流石にアイツも追って来れないな。売るならやっぱりメルカリよりヤフオクっしょ。だけどアイツいいもん持ってんなぁ。今までどうして売らなかったんだろう。これ全部売れたら余裕で100万超えるじゃん。ヤフオクだったらそれ以上取れるじゃん!」