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全身女優モエコ 第四部 第十七回:モエコ史上最大の屈辱!

 私は目の前で震えるモエコを見て彼女と南狭一がスタジオの楽屋でばったり出くわした時に悪い予感がした事を思い出してゾッとした。あの時私が感じた不安は間違いではなかったのだ。もう少し私が注意していればこんな事にはならなかったのに。火山モエコがいくら天才と褒められようが彼女はまだ十七歳なのだ。しかもど田舎出身で演技以外のことなどまるで知らない少女なのだ。そんな彼女が男の欲望を体ごと浴びてまともでいられる訳がない。

 ああ!確かに彼女は子供の頃から歳の離れた男たちとお友達ごっこと称した危険な交流をし、男たちから金までもらっていたが、肉体関係まではいっていなかった。勿論あの事件が起こらずそのまま男たちと交流を続けていれば肉体関係を要求されたかもしれない。しかし彼女は彼らを男である前に純粋に友達だと信じていた。モエコは全くといっていいほど男に対して免疫がなかったのだ。

 モエコは先程南に果てしなく濃厚接触させられた時男がいかに獣じみた存在であるかを嫌というほど知ったに違いない。ああ!あの時南の奴はモエコを力任せに抱きしめて自分の体を押し当てていた。恐らく下半身の接触もあったに違いない。初めて知る男の剥き出しの欲望に彼女が纏っていた女優の鎧はあっさりと剥がれてしまった。

 南はスタッフに後の撮影頑張ってくださいとアイドルらしい笑顔で挨拶して歌番組に出るために現場を去った。モエコと私は次の収録のために再びロケバスに戻ったが、彼女はその間一言も口を聞かなかった。モエコは私の顔さえ見ず、私が話しかけてもピクリとして慌てて目を逸らした。ああ!まさか私まで怖くなったのか。普段あれほどこき使っているこの私までも。


 ロケバスに移動してもモエコの震えはまだ治らなかった。時間が経つごとに震えは一層激しくなり椅子から音まで鳴り始めた。心配した何人かのスタッフが体調が悪いのかと声をかけてきた。私はモエコに向かって大丈夫かと聞き、それから無理なようなら収録を後日に変えてもらうように相談すると言ったのだが、それを聞いたモエコは急に怒り出し、私を「ふざけんな!そんなことしたら愛美ちゃんが悲しむじゃない!今のモエコはモエコじゃなくて杉本愛美なの!あなたそんなこともわからないの!」と激しく罵った。私はこのモエコの言葉を聞いて彼女の女優魂に圧倒されたが、同時に彼女がこれから演じるシーンを思い浮かべ暗澹たる気持ちになった。果たして今のモエコにこれから撮影するあのシーンを演じ切る事ができるのだろうか。

 キャバレーのシーンに出演していた役者たちは去り、代わりに次のシーンに出る役者たちがバスに入ってきた。私はその中のチンピラみたいな格好をしている連中を見て彼らが何を演じるかをすぐに察した。ああ!コイツらがモエコとあのシーンをやるのか。コイツがモエコを……

 チンピラの格好をした連中は私たちを見ると揃って挨拶にやってきたが、モエコは彼らを見るなり再び震え出した。ああ!モエコはこれから彼らとあのシーンを演じなければならない事に怯えているのだろうか。モエコはもしかしたらお友達の事も思い出したのかもしれない。あのお友達も自分と濃厚接触したかったのかもしれない。だから地主の息子は自分を包丁で刺したのだろうかと。

 だが私はモエコにどうしたらいいのか。不安に苛まれ女優としての意地だけでどうにか自分を支えているこの少女をどうしたら救えるのか。今彼女をこの恐怖から救うにはすぐにでもドラマを降板するしか道はない。やはりお前には無理だったと彼女に降板をのんでもらうしかない。しかしそれは不可能だった。私は全身女優火山モエコがこのドラマ降板することなどあり得ない事がわかっていたからである。彼女から役を取り上げる事は死刑宣告に等しかった。今ここでモエコに向かって杉本愛美役を降板しろと言ったら彼女はその場で舌を噛んで死んでいただろう。私が今やるべき事はせめて彼女を安心させることだった。彼女の不安を取り除いて現場に向かわせる事だった。

「安心しろ。俺はずっとお前を見守って……」

 私がこう言いかけ時、モエコがいきなり身を乗り出し入り口の方を見た。私も何事かと思って入り口を顔を向けたが、そこにあの三日月が立っていた。今スタジオで収録しているはずの三日月エリカが何故かここに来ていたのである。

「あらぁ〜!皆さん今晩わぁ!三日月エリカで〜す!遅くまで撮影お疲れ様で〜す!皆さんに差し入れ持ってきましたぁ〜!」

 三日月はブリブリのぶりっ子ぶりをかまして座っている役者たちに差し入れを渡し回った。役者たちは起立して三日月に媚びへつらうように口々に大袈裟な言葉を並べて三日月の差し入れを褒めちぎった。そして最後に三日月はモエコの元にやってきて差し入れを渡すと笑顔を浮かべて顔でモエコを励ました。

「モエコちゃん撮影頑張ってね。エリカも応援しているから。だけどモエコちゃんは本当に偉いわぁ。エリカだったらあんな汚くて酷いシーンなんか台本読んだだけで怖くなって逃げちゃうもの。なのにモエコちゃんは逃げないでちゃんとここにきてる。エリカ本当にモエコちゃんを尊敬するわぁ!」

 ああ!いつものモエコだったら三日月のこの励ましを装ったあからさまな嘲笑に激怒して飛びかかったであろう。だが今のモエコはそれどころではなかった。未だ体にこびりつく男の感触に体を震わせ、気力だけでどうにか自分を支えている状態だった。三日月はそのモエコを見るなり目を剥いて喋り出した。

「まぁ、モエコちゃん顔が青いわよ!こんなに震えて!ああ!モエコちゃんやっぱり怖いの?我慢しないでエリカには正直に言って!力になってあげられるかもしれないから!」

「うるさいわね!いい加減黙ってなさいよ!」

 モエコはそう叫ぶと三日月の差し入れを彼女に向かって投げつけた。車内はこの騒ぎに騒然となり、皆モエコと三日月の元に集まった。しかし三日月は投げつけられた差し入れを拾い、ニッコリと微笑むみくるりと一回転してお辞儀をして私は大丈夫だと両腕を広げてアピールしながら言った。

「エリカは大丈夫よ!モエコちゃんは次のシーンのことでちょっと苛立ってるだけ。ごめんね、モエコちゃん!大事なときにお邪魔して!じゃあみんな収録頑張ってね!エリカもそばで応援してるから!」

 三日月はそう言うと手を振りながらバスを降りて行ったが、私はその時彼女が一瞬モエコを見て不気味に笑ったのを見た。


 それからいくらもしないうちにスタッフがバスにやって来てスタンバイを告げに来た。それを聞いた途端モエコはビクッとして不安げな表情で私の方を見た。ああ!モエコは撮影に怯えているのか。撮影を前にして他の役者たちは次々と立ち上がり入り口へと向かいはじめた。しかしモエコは席から立ち上がらない。チンピラの格好をした役者たちはそのモエコに向かって意味深な目配せをしながら通り過ぎていく。

 今度のロケ現場は先程のロケをしたキャバレーのすぐ隣のガレージである。そこでモエコはあのシーンを演じなければならない。しかしモエコは席から立ち上がらなかった。

 その時突然どっからかか喧しい大音量で誰かが歌っているのが聞こえてきた。その声は明らかに南狭一であった。そうだたしか南はドラマの撮影の後、近くで歌番組の中継で出る予定があったのだ。南は自分のヒット曲のサビを当時ライバルだった西城秀樹のように情熱的に歌っていた。

「リボ~ン、リボ~ン、君を回して、僕も回すのさぁ~♪」

 モエコは南の歌を聞いた途端急にうずくまり始めた。モエコよ、今になってやっと自分がどれほど恐ろしい役を引き受けたのかわかったのか。この地獄は今日で終わるのではない。明日には南とのベッドシーンが待っているのだ。だがもはやこの地獄行きの列車から降りる術はない。停車駅はもはやなく地獄へと直行してしまう。ああ!列車から飛び降りでもしなければモエコはこのまま地獄へとまっすぐ落ちてしまうだろう。私は我に返って周りを見渡した。バスはいつの間にか真っ暗になっており、私達のほかは誰もいなかった。私はうずくまるモエコに向かって言った。

「モエコ、このドラマ、降りないか?やっぱり今のお前には早すぎるんだ。お前には最初からこの役は無理だったんだ」

 この時の言葉はつい口に出てしまったものだ。私はモエコが傷ついてゆくのが耐えられなかった。勿論今になってドラマを降板したらモエコの女優生命は確実になくなるだろう。しかしたかが女優稼業のために十七歳の少女として大事なものを犠牲にするなんてあまりにも馬鹿げている。モエコは私の言葉にハッとして顔を上げた。私はそのモエコの今まで見せたことのない表情に胸が熱くなった。そこにいたのは女優火山モエコではなく一人の十七歳の女の子だった。その十七歳の女の子が救いを求めて私を見ていた。モエコは私に話しかけて来た。

「ありがとう。実はさっき南のやつが私に向かって……」

 だがここまで言いかけたところでモエコは急にいつもの火山モエコに戻り決然とした表情でこう言った。

「ふん、この火山モエコさんが、まさかあなたに尻を叩かれるなんて思わなかったわ。ああ!一体何を怯えていたの?モエコは女優じゃない!女優はどこまでも演じきるもの。ああ!愛美ちゃんごめんなさい!あなたを演じきるって約束したのに怯えてしまうなんて!でもモエコはもう大丈夫!これから存分に犯されてくるわ!あなたがそうされたように!」

 モエコはそういうとさっと立ち上がって私に向かって呼びかけた。

「さあ、行くわよ!何をぼさっとしているの!ライトとカメラがモエコを待っているじゃない!」


 撮影場所のガレージは異様に静かであった。私とモエコがガレージに入ると中にいた人間が一斉に私達を見た。モエコはその中のチンピラ役の異様に血走った目を見て再び怯んだ。ああ!やはりさっきのは空元気だったのか。いつものモエコに戻ったわけではなかったのか。しかしもう誰も撮影を止めることは出来ない。我々は勿論モエコ自身でも。モエコと私は与えられた席に案内されたが、その時私は後ろの方に三日月がいるのを見た。モエコが席に座るとスタッフがやって来てもう少しで撮影が始まることを知らせに来た。モエコはそれを聞いて再びビクッと震え出した。私は挨拶をしに監督の所に行った。監督は上機嫌で私に向かって俺はこういうシーン撮るのがずっと憧れだったんだ、ロマンポルノみたいな事をずっとやりたかったんだといきなり捲し立てた。私は監督に向かってなんとか演出を控えめにしてもらおうと、モエコがまだ十七才であることと、ひどく先程まで恐怖で震え上がっていた事を打ち明けたのだが、監督はそれを聞いてびっくりしてこちらを見た。

「おい、十七歳って本当かよ!俺あの子は二十歳だって聞いたぞ!」

 しかし監督は急に笑いだしてこう続けたのだ。

「でもまあいいか。十六歳でデビューしたポルノ女優もいるしな。で、あの子怖がってるのか。なるほどさっきと違ってすっかり大人しくなっちまってるなあ。だけどな、今のあの子はこのシーンにはぴったりなんだよ。真面目な女がチンピラに絡まれて強姦されて泣きわめく。多分あの子は演技どころじゃなくて本気で泣きわめくだろうなあ。まあこれも女優の修行だと思ってあなたもあの子を見守って上げなさいよ」


 このシーンの収録の事をここで長々しくは書きたくはない。モエコ自身も多分この収録について一度も語ったことはないはずだ。それは彼女にとって間違いなく生涯最大の屈辱であった。演技することでしか自己証明できないモエコにとってひたすらなぶり犯され続けるのは苦痛以外何者でもなかっただろう。ガレージにはモエコの絶叫とチンピラの囃す声と体と体がぶつかりあう音が冷たく鳴り響いた。そこにさっきも聞こえた南狭一の歌が再び聞こえてきた。ああ!おそらく本番が始まったのだろう。今度は中断することなくあのサビが呪わしい響きとなって犯されているモエコの耳をつんざいた。

「リボ~ン、リボ~ン、君を回して、僕も回すのさぁ~♪」

 モエコはガレージに南の歌が鳴り響く中、自分に覆いかぶさる男から、そして南の歌から逃れるように声を振り絞ってずっと叫んでいた。

「きゃあああああああああああああああああああああああああああ~!!」

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