画家とモデル
彼女がモデルとして僕の元に現れたのは約二週間前だった。最初は僕と二人っきりなのに怯えたのか、なかなか裸にもならなかった。もともと女性とあまりお付き合いしたことがなかったので、怯える彼女にどう接していいか分からなかった。だけどそのうちに彼女は僕が安全な人間だと思ったのか普通に接してくるようになった。
今ではもう全然平気だ。来る度に冗談を言い、そしていつも通りポーズを決める。だけどそんな楽しい時間ももうすぐ終わろうとしている。僕の絵がもう少しで完成するからだ。僕は彼女に今度描く絵は自分の最高傑作だと話した。彼女はそれを聞いて喜び、じゃあ見せてと言う。だけどまだ見せるわけにはいかない。未完成の作品なんか絶対に見せられない。
彼女はいつもの時間にやってきて僕と少し話をしてからすぐに脱いだ。もう手慣れたものだ。軽く笑顔を見せてエッチと僕をからかいながらこちらにやってきた。僕は少し照れ笑いして彼女にポーズをつける。多分今日でこの絵も終わりだろう。彼女と過ごすの折少ない時間を思って感傷的な気分になっていたら、鼻を突くようなお馴染みの絵の具の匂いが漂ってきてそのせいで涙腺が緩んだ。
絵はメチエ。だけどパッション。情熱のない絵なんて絵じゃない。僕は情熱で彼女のありのままの姿を描く。彼女を美人に飾り立てることは簡単だ。だけどそんな表面的な絵なんてかく意味がない。僕の書きたいのは醜さも含めた本当の彼女。本当の人間。僕の筆は彼女の全てをとらえる。
午後七時過ぎ。僕はとうとう最後の一筆を入れた。もはや筆を入れる必要はない。すべてを書き終えた僕はポーズをとっている彼女に向かってすべてが終わったことを伝えた。彼女は喜び早速絵を見せてとせがんだ。だが、僕はまだ絵が乾いていない。もう少ししたら乾くからそれまでキッチンで何か食べようと言った。「僕の手料理君に食べさせてあげるよ」
キッチンで僕は鼻歌なんか歌いながら料理を作っていた。彼女は絵を描いているときと全然違うねなんて言って笑った。そんなに僕むずかしい顔してたかい?なんて聞くと彼女は「さぁ」なんていたずらっぽく笑う。
彼女がお手洗いに行きたいと言って椅子から立ち上がった。僕は彼女に向かって絵は絶対に見ちゃダメだよと念のために注意する。まぁいいさ、別に見られようが。どうせ今夜はずっと二人でいるんだし。彼女は例の微笑みでキッチンからトイレに向かう。僕はぐつぐつ煮える鍋を見て彼女のヌードを想像する。あのグラマラスな肢体にようやく触れる。僕のあそこは鍋よりも熱い。しかしその時アトリエの方から彼女の大絶叫が聞こえた。
「きゃあああああああ!ああっ、あああああああ!」
僕はコンロの火を止めて慌てて駆けつけた。ああ!乾くまで絵は観るなって言ったのに!こんなんだったらアトリエに鍵をかけておくべきだったんだ!どうなってんだ!どうなってるんだ!だけどただ倒したとかなら救いはある!もし指とかで触ったとしても直せないわけじゃない!僕はアトリエの前で彼女に向かって叫んだ。
「ど、どうしたんだ!」
目の前に泣きそうな顔で震えている彼女がいた。絵はそのままイーゼルの上に乗っていて床にも汚れはないのでどうやら倒したとかじゃないらしい。ということは彼女が誤って指で触ってしまったのか。僕は絵に近寄って状態を確認しようとした。
えっ、なにこのお猿さん?僕が描いた君の絵はどこにやったの?ていうかこのお猿さんの絵君が描いたの?僕は彼女に目配せをして問いただした。すると彼女は泣きながら僕に言った。
「ごめんなさい!私あなたの絵に描かれた自分を観てこんな不細工じゃないと思ってもっと美人に描き直そうとしたの。なのにこんな猿みたいな絵になっちゃって……。わざとじゃないのよ!ただもうちょっと美人に書き直したかっただけなのよ!」
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