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メロドラマ

 時計の針を逆回転させるように、落ちた砂を吸い上げるようにもう一度あの頃に帰れたらなんて思う。私はずっと偽りの人生を歩んできた。戸籍上夫となっている男と過ごした不毛の日々。一時の気の迷いが招いた不幸な別れ。あの時どうして私はあんなバカなことを言ったんだろう。私が自分の過ちに気付いたのは結婚してから二年目だった。後悔してももう遅い。今更過去には戻れない。でもやっぱりあなたに逢いたい。

 私は思い出が詰まった引き出しを開けた。この引き出しは私の最後の砦だった。この引き出しの中にあるものだけが私を私たらしめていた。引き出しの一番上に置いてあるのは彼の電話番号だった。スマホの使い方いまだに分からなくてさぁ。この間宝くじの当選だってメールのアドレス踏んじゃったんだよねって笑って話していたあなた、今も覚えているよ。あなたの優しいけど、ちょっと間抜けなところがあるところが好きだった。でも当時の私はあなたという存在の大きさに全く気付いていなかった。捨ててから気づくなんてバカすぎるにも程があるよね。バカだってことはわかっているよ。でも今逢いたくてたまらないよ。イエスに跪くマグダラのマリアのように、おもちゃを取り上げられた子供のように今無性にあなたに逢いたい。

 私は勇気をだして彼に電話をかけた。するとすぐに耳元に懐かしいあの声が聞こえてきた。ヤァ、なんて照れたような言い回しも昔と変わらない。私は声を聞いた途端涙が出てきて止まらなくなった。彼はその私にどうしたんだと聞いてくる。ああ!私はもうたまらず彼に全てをぶちまけた。あなたを捨てて夫と結婚したことを激しく悔いていることを。夫が外に女を作っているかもしれないことを。そしてあなたを昔よりずっと愛しているということを。

 彼は私の告白を聞いて黙り込んだ。私は彼になんどもごめんって謝ったけどそれでも彼は黙っていた。やっぱり今更こんなこと言われたって迷惑だよね。自分を捨てて他の男と女が未練たらしくよりを戻したいだなんて。彼がやっと口を開いた。そして一息置いてこう言った。

「何もかも捨てて俺のところに来いよ」

 私はその時道が開かれたような気がした。曇り空が晴れ、燦燦とした光が私を照らし出したように思えた。もう私迷わない。あなたのために何もかも捨てるわ。私は朝まで夫と呼んでいた男に向かってこう書いた。

『私、何もかも捨てて最愛の人の元に参ります』


 夕方マンションに帰ってきた夫は誰もいないマンションの一室で妻の書き置きを読み、そして完全に空き家となったマンションを見てこう叫んだ。

「お前なんで俺のものまで捨てたんだ!明日からどうやって暮らしたらいいんだよ!」

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