戦場の二人
二人はかつて恋人同士だった。二人は学生時代に出会い、そして恋に落ちた。生まれた国こそ違ったが、隣同士の国であったし、同じ民族で言葉もほとんど同じだったのでなんの障害もなかった。ただ二人の障害となったのは、やはり二人の育った国同士がしょっちゅう揉め事を起こしていたことだった。
だが、そんな国同士の揉め事など二人には関わりのないことだった。政治はともかく国民同士は頻繁に互いの国を行き来していたし、親戚が両国にまたがって住んでいることなど当たり前であった。両国の人々は酒を飲みながら政府に向かっていつまでもくだらない争いをやめろと毒づいたものだ。
二人は一時期結婚を考えたが、価値観の相違というありがちな理由で別れた。これっきりと涙で別れる際に男は女に言った。
「もし偶然に会うことがあったら声ぐらいかけてくれよ。その時にはもうただの友人として君に向き合えるから」
「ええ、私もそうするわ。その時は笑ってあなたに挨拶するわ。久しぶりって!」
その彼女が今彼の目の前で倒れている。
男が兵隊として隣国に来たのはニ週間前の事であった。彼は隣国に異動だと聞かされた時昔別れた女の顔が浮かんだ。隣国へ移動中に彼は何度も上官からこう聞かされたものだ。
「これは戦争ではない。特殊作戦だ。我々は隣国で苦しめられている同胞を救出するために隣国に向かっている。作戦は最長でも3日で終わるだろう」
男はこれを聞いて彼女には会うことはないと安心した。作戦は東部で行われる。とすれば彼女には会うことはないだろう。彼女から憎しみと蔑みの眼差しを向けられる事はないはずだ。男は彼女に会わせないでくれと神に祈った。
だが、東部での特殊作戦などというものは行われることはなく、彼はいつの間にか戦場のど真ん中に連れて来られた。その戦場は自分のよく知っている街であった。昔何度も女と歩いたであろう通りが今は銃弾と砲弾が飛び交う戦場とかしていた。隣国の兵士どころか街の市民までもが自分たちに向かって火炎瓶を投げつけて来た。兵士である男は自分の身を守るために銃を撃つしかなかった。男は悲痛な思いで何人も撃った。自分の撃った人間に知り合いはいたのだろうか。彼は硝煙で痛む目で瓦礫の山を見ながら思った。
その時後ろから気配がしたので、男は銃を構えて振り向いた。その瞬間彼はあまりの驚きに思わず声を上げた。
「君は……」
火炎瓶をもったその女は昔の彼女であった。ああ!あの時のまま全く変わっていなかった。彼女は彼を見て微笑む。まさかあの時の言葉をまだ覚えていたのかい?だがそれは一瞬にして断ち切られた。火炎瓶を持った女は胸に大量の銃弾を浴びて倒れる。彼はハッとして自分の持っている銃を見た。引いていた。引き金を引いてた。俺がこの銃の引き金を引いて彼女を殺したのだ。
自分の撃った彼女が今目の前で倒れている。さっき自分に微笑んでくれた女は今アスファルトに寝っ転がったただの肉塊になっていた。
「もし偶然に会うことがあったら声ぐらいかけてくれよ。その時にはもうただの友人として君に向き合えるから」
「ええ、私もそうするわ。その時は笑ってあなたに挨拶するわ。久しぶりって!」
まさか戦場で女と再会するとは!男は狂ったように叫び銃を辺りに向かって撃ちまくった。
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