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一杯のかけうどん

 昔、とあるうどん屋さんに両親と子供の10人家族が現れました。うどん屋さんの店主が注文を聞くと、驚いたことに家族は一杯のかけうどんを頼んできたのです。それを聞いたお客さんたちはバカにして言いました。
「10人で一人分のうどんだって?麺を一本ずつでも食うつもりかい?ふざけんなただでさえ狭い店なのにたった一杯のうどんのために10人入られちゃ困るんだよ!さっさと出て行け!」
 客の言う通りでした。貧乏でひもじい両親はなけなしのお金を払って子供たちに麺を一本与えるつもりだったのです。それをバカにされた両親は俯いて何も言えず、子供たちは目に涙を溜めてその場に立ち尽くしています。
 だけど店主は店のみんなに向かって言いました。
「おい、お客さん方よぉ!アンタたちはこのご両親のせめて可愛いガキどもにうどんを食わせてえ気持ちが分からねえのかい?アタシはこのご家族にうどんを食わせるね。出て行くのはこの人達じゃねえ。アンタらだ!」
 この店主の一喝に客たちは憮然として箸を置いてそのまま去ってしまいました。それを見て両親は思わず店主に尋ねました。
「いいんでしょうか?大事なお客さんたちを追い出して見ず知らずの私たちを入れたりして」
 そう心配する家族に店主はこう答えました。
「いいってことよ。人情もわからねえやつあ俺のうどんを食う資格はねえんだよ。ほら今からお前さん方に最高のかけうどん作ってやるから、よく味わって食べるんだぜ」

 それから家族は奥のテーブル席に座り一杯のかけうどんを待ちました。そして店主が出来立てのかけうどんを持ってきたのです。家族はわぁと喜び、子供たちは喜びのあまりうどんを食べようと箸を持ってどんぶりに突っ込みました。両親はそんな子供たちをちゃんと並んで一本ずつ取れと叱りつけて店の中に子供たちを並ばせました。
 そうやって子供たちは一本ずつ麺を取っていったのですが、なんと途中で麺がなくなってしまったのです。数えてみると麺は6本しかなかったのです。取れなかった子供たちは泣き出してしまいました。
 両親は子供たちに自分のとった麺を返すように言いました。子供たちはいやだいやだと泣き出しましたが、両親は腹パンしてどうにかうどんを回収したのです。それから両親は店主に包丁と秤を持ってくるようにお願いしました。店主は何するんだい?と尋ねましたが、両親は店主にこう答えました。
「うどんを包丁でざく切りにして秤で重さを平等にしてからみんなにあげるんです。だってみんな私たちの可愛い子供ですもの」
 この両親の返答に涙した店主は、ちょいと待ってくれと言いそしてピカピカに磨いた包丁と秤を持ってきたのです。
 それから家族はざく切りにしたうどんを均等に分けて食べました。麺を食べ終わった後はみんなでどんぶりを回して残りのつゆも飲みました。つゆは冷え切っていましたがとてもおいしかったそうです。

 それから十年後です。うどん屋さんに久しぶりにあの家族がやってきました。ご両親はすっかりお年を召してあの小さかった子供たちはすっかり大きくなっています。店主は懐かしさのあまり客に駆け寄って声をかけました。
「へえ、ずいぶんお久しぶりだねぇ!お子さんたちもでっかくなっちまって、へえもう学校は卒業したのかい!じゃあこれからは安心だねえ!今日もうどん食べてくんだろ?全員分かい?」
 両親はその店主に向かって指を一本上げました。それを合図に子供たちが一斉に立ち上がって並び始めたのです。さらに両親は店主にこう言いました。
「あの時のように包丁と秤を持ってきてくれませんか?」
 並んでいる子供たちは待ちきれず店主に向かって、「早くしろこのハゲ!」「ブチ殺すぞオラ!」と酷い罵声を浴びせました。店主はこの家族の十年前と変わっていないどころかより酷くなっている状態に驚いて両親に今どういう生活を送っているかを尋ねました。
 すると両親は涙ながらに言いました。息子たちは学校を卒業したはいいものの素行が悪すぎて職が見つからず自分たちも職がないので今も家族で一人分の食べ物を分けて食べる生活を送っていると。
 それを聞いた店主はもしかしたらと思いでも聞くには勇気のある質問をしました。

「あの……お客さん、言いにくいんだけど……アンタたちうどん代持ってるのかい?」
 両親はその質問に答えません。子供たちはうるせいこのハゲ!そんな質問する暇あったらさっさとうどん作れバカ!と酷い悪口を言い続けるだけです。この家族の態度に店主がブチ切れて家族に向かって怒鳴りつけました。

「さっさと店から出て行け!このタダ飯食いが!」

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