追憶の中の友人たち
私は今、長い人生の終わりを迎えようとしている。長すぎる人生であったと自分でも思う。私のような凡庸でつまらない人間がこうして長く生きているのは不条理だと思うが、それも世の常なのであろう。すでにあの世に旅立ってしまった友人達を思い浮かべながら、私のような凡庸な人間がこうしておめおめと生き、彼らのような素晴らしい人間がこの世から消えてしまった事を口惜しく思う。ああ!私の命の10000分の1でも彼らにくれてやったら彼らは今も生きていたかもしれないのに!私が今病院のベッドで自らの人生の回想録を綴っているのは彼らの生き様を記録に残したいからだ。幼い頃から近年に至るまで私を支え続けてくれた友たちを忘れてしまわぬために。
私が初めて友と呼べる人間と出会ったのは小学校に入る前だ。たまたま山で虫を取っていた私はそばにカブトムシを持った少年を見た。私は少年のもとに駆け寄り興味津々にカブトムシを眺めた。すると少年は私にカブトムシをくれ、一緒に虫を取ろうぜ、と誘ってくれたのである。そして別れる瞬間彼は私にまた遊びに行こうぜと言ってくれた。私と少年は共に小学校に入っても友達だったが、しかしある日崖の上でニホンクワガタを巡って殴り合いの大喧嘩をしてしまったのだ。私は勢いよく少年にぶつかり少年を崖から突き落としてしまった。私はその時、怒りで我を見失っていたので、崖から落ちた彼のことなど見捨てとっとと家に帰ってしまった。それから三日後だった。朝礼で教師が涙ながらに××君は事故で亡くなってしまいましたと言ったのだ。それを聞いたクラスの者たちは一斉に泣き、私もあの時彼を崖から突き落とさなければと悔いながら泣き叫んだ。
それから私は中学生になり今度は繊細な美少年と友達になった。彼は心臓に持病があり、自分の人生は長くないと言うのが口癖だった。私は小学生の頃の悲劇を繰り返すまいと彼を救うために色々知恵を絞った。そしてやっと彼を救う方法を思いついたのだ。毒を持って毒を制す。私は君の心臓の病なんてスズメバチの毒で殺してやるぜ。と言い彼をスズメバチの巣だらけの森に誘った。運動着だけの彼と完全防御服を着た私は森に入り、私はスズメバチに彼の心臓を刺してもらうよう滅多やたらに巣を叩きまくった。スズメバチは当然怒り狂い、運動着の友人を滅多刺しにした。友人は苦しんで暴れたが、私はこれはスズメバチの毒が君の心臓の病を追い出してるんだと言って平手打ちをして黙らせた。そしてもがき苦しむ友人を置いて私は家に帰ったのだ。完全に心臓の病から治った友人が笑顔で私に挨拶してくれる事を信じて。しかし友人は学校に来ず、代わりに来たのは友人が三日前に森で亡くなったという悲しい知らせだった。ああ!アイツの心臓の病はスズメバチの毒を遥かに上回るものであったのか!私は彼を死に至らしめた心臓の病を激しく憎んだ。
そして私は高校生になった。私は友人達をことごとく死に至らしめる現実に対する絶望から文学に目覚め、今度友情を結んだのは私と同じような文学を愛する男だった。私は文学に耽溺していき、そのうちに死への願望が芽生えてきた。私はこの願望をわかってくれるのはこの男しかいないだろうと思い、彼に自分は今すぐ死にたいと思っていることを告白した。するとそれを聞いた彼は私を馬鹿にしたように笑い、死にたいなんて言うのはいかにも文学にかぶれた青年がいう青臭い戯言に過ぎないと、私を嘲笑したのだ。私はこの言葉に怒り狂い、貴様には私の絶望がわからぬのか!わからぬというなら教えてやると私は彼に向かってあらゆる嫌がらせをしてやった。たまたま教室にあった女子生徒のブルマーに彼の名前を太字で書き、彼が恋していた女子生徒の靴箱に彼の名前で変態の限りを尽くしたラブレターを入れ、挙句の果てに彼の服を全て燃やして彼を丸裸にして下校させた。私はわかってもらいたかったのだ。死にたいという絶望がどれほど苦痛であるかを。それ故に彼をここまで苦しめたのだ。しかし三日後、悔い改め私に謝罪する彼の代わりに私を待っていたのは、彼が自殺したという教師の報告だった。私は唖然としてその報告を聞いた。あれほど私の自殺願望を馬鹿にした彼が、私と同じように自殺願望を持っていたなんて思わなかったのだ。私はここで人間の真理というのを発見したのだ。どんな人間も死への願望をもっているのだ。崖から落ちて死んだ友人も、スズメバチに刺されて死んだ友人も死への願望をもっていたかもしれない。だから助かるかもしれない命を捨てて死へと旅立ってしまったのだ。
それから私が友情を結んだ人間はことごとく死んでいった。大学生になって新たな友人ができたが、当時私はある女性に恋をし、告白した。しかしその女性は他に好きな人がいるといい、その友人の名をあげたのだった。それを知った私は激怒のあまり彼をビルの屋上に呼び出して突き落としてしまった。また社会人になってから友人になった男は、合コンでみんなの前で私の女性経験のなさを馬鹿にしたので、またまた怒りに狂った私はその辺に置いてあったバイクに跨り、酔っ払って誰もいない裏道ではしゃぐ友人を後ろから何度も轢いた。私は新たな友人達と熱烈な友情を結ぶのだが、最期にはみんな私よりも死の方を選んいった。そのうちに私は私と友情を結んだ人間は絶対に不幸になるから友達など作らない方がいいと決め、それから今までずっと友人を作らなかった。
ところがである。この病院に入院することになった時、医者から余命あと十年と聞かされもう死にたいと呟いた私に死んではダメだと説教してきた男がいたのだ。その男は病院の看護師で、彼は私をまっすぐ見つめてもう一度こう言ったのだ。「死んではダメです。限りある命を精一杯生きなくては!」私はそんな彼の言葉を聞いて高校時代の友人を思い出し、彼に私と友達になってくれと頼んだのである。この男なら今の私の絶望をわかってもらえると思ったのである。しかし彼はまだ若い、若いから年老いた私の絶望など分かってはもらえぬと、私は彼にあらゆる手を使っていぢめ尽くし耐えきれぬぐらいの人生経験を与えたのである。友よ。君に私をわかってもらいたいから君が鶏がらスープになるまでいぢめているのだ。わかってくれ友よ。しかし私を待っていたのはいつものように友の死を知らせるの辛い報告であった。
「あなたの担当の看護師は三日前に自殺してしまいました。あなたの看護で膨大にストレスを溜め、最後には老人みたいに腰が立たなくなり、頭もボケが始まっていたそうです」
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