SOUL TWO SOUL 後編 その2
SOULへの果てしない旅~KIYOSHI YAMAKAWAを求めて 最終章 上曽根愛子
奇跡とは得てして予想外の方向からくるものだ。いや、来るべきところから来たら奇跡ではないか……。というツッコミは置いといて本題を始めよう。私が編集部でいつもどおり記事を書いていたら、突然電話がかかってきた。私が電話に出ると、後川清の所属の事務所のものだと名乗ってきたのだ。私は毎日後川清の事務所にキッチリ一時間ごとに電話をかけていたので、とうとう警察に訴えるという脅迫かなと思いビクビクものだったのだが、電話口の人はいつものあの怖い人ではなくて声の感じからしてお年を召した方で、なんだか話の分かりそうな人だと感じた。私がどういうご用件ですか?と聞くと、その人は私にアンタが何度もキヨシについて取材を申し込んでいる人かい?逆に聞いてきたのだ。私はもしかしたら警察沙汰になるのかもと怖くなったけどしかし答えなくてはいけないので、ためらいがちに「そうです」と一言だけ言った。するとその人はこう答えた。
「この間うちの若いもんから後川の兄貴にキヨシヤマカワの事が聞きたいって電話がやたらかかってくんだって言われてね。で、その野郎がキヨシヤマカワって誰ですかとか俺に聞いてきやがるから、オマエ指でも詰めるかコラ!って叱ってやったんだよ。したらその野郎はそれだけはやめてください!とか言って泣きやがってよ!全く今時の若えもんは根性がねえ!いくらこっちが冗談で言ってもドスとまな板持ってきて指詰める気概がなきゃ極道なんて……。いやこれも冗談だよ。うちはいたって品行方正な芸能プロダクションですよ」
よく喋る人だった。私は彼の話を聞いて私はKIYOSHI YAMAKAWAはとんでもないところにいたんだと思ってゾッとした。しかし悪くない感触だとも思った。私はあらためて後川清にインタビューさせてくれるようお爺さんに頼んでみた。しかし、お爺さんはそれは出来ないとピシャリと断ってきた。その後お爺さんは続けて私に言った。
「まぁ、俺は昔キヨシのマネージャーをやってたんだが、キヨシの奴が後川の兄貴と揉めちまってなぁ、それ以降兄貴とキヨシは完全に絶縁状態になっちまって、キヨシは芸能界を追われてアメリカかどっかに旅立っちまったけど、兄貴は未だにそのことでキヨシにたいして根にもってるんだな。アイツが俺の前に現れたら下駄でぶん殴ってやる!って言ってな」
「あの後川さんとKIYOSHI YAMAKAWAが揉めた理由ってなんでしょうか?」
「知らねえな!二人とも真相話してくれねえしな。でも又聞きだけど誰かが噂してたのは聞いたな。キヨシが調子に乗ったか知らんが後川の兄貴の前でこんなこと言ったらしい。『俺はソウルをやるためにこの世界に入ったんでムード歌謡曲やるために入ったわけじゃねえんだよ!』ってな。本当に兄貴に対してそんな事言ったとしたらとんでもねえ話だ!指詰めじゃ済まねえぜ!いや……なんか別の人間のことも混ぜて話しているような気がしてきたな。俺もボケが入ったかな?まぁそんなわけで後川の兄貴はおたくのインタビュー受けねえからな。済まねえ」
私はそれを聞いてもうこれ以上インタビューのお願いをしても無駄だと思ったので、「今日はいろいろなお話しを聞かせていただいてありがとうございます。貴重なお時間を割いてしまって申し訳ありませんでした。と言って電話を切ろうとしたのだが、その寸前だった。突然お爺さんが電話口から私を呼んだのだ。私が慌てて下ろしかけた受話器を取ると彼はこう言った。
「おい、アンタ!そんなにキヨシについて知りたいならいっそ本人に会ってみたらどうだい?」
お爺さんの言葉を聞いた途端、私は思わずデスクから立ち上がった。というより飛び上がった。KIYOSHI YAMAKAWAに会える?正直に言って今まで会えるとさえ思っていなかった。なんてことだろう。KIYOSHI YAMAKAWAは蜃気楼のようなもの。彼に会えるのはたとえばOSUGIクンのような音楽的な才能に恵まれた人だけ。私は連載『SOULへの果てしない旅~KIYOSHI YAMAKAWAを求めて』の最終回の末尾にそう書いたけど、もしかしたら私のKIYOSHI YAMAKAWAを深く知りたいという思いが彼の蜃気楼を晴らしてくれたのかもしれない。逸る心を押さえられなくなった私はいつの間にか「あなたはKIYOSHI YAMAKAWAの居場所をご存知なんですね!彼はどこにおられるのですか!」と必死で居場所を教えてくれるよう頼んでいた。お爺さんは丁寧に居場所を教えてくれ、記入に間違いがないように復唱までしてくれた。私はお爺さんに何度もありがとうございます!とお礼を言った。そんな私にお爺さんは電話を切る前にこう言ってくれた。
「キヨシのやつも幸せだよ。アンタみたいな若い子がこんなにまで自分に夢中になってくれるんだからな!」
私はその翌日KIYOSHI YAMAKAWAが住んでいるらしい横浜の外れの寂れた街に向かった。ここは一応繁華街らしいが、いくつかの店は潰れており、華やかさなど見る影もない。本当にこんなところにKIYOSHI YAMAKAWAはいるのだろうか?いや、いそうだなとも私は思う。アメリカに行ったはいいが、彼のソウルはアメリカでも受け入れられず、しかたなしに日本に戻ってきて自暴自棄になって落ちぶれた男がたどり着いたのがこのうらぶれた街だった。というストーリーは容易に描けるからだ。私はKIYOSHI YAMAKAWAの居場所を求めて繁華街を彷徨っていたが、途中キャバクラのスカウトらしき男が私に向かってティッシュを配ってきた。真っ昼間なのに忙しいことだ。私はスカウトに向かってティッシュをフリスビーみたいに投げ返してやった。そういえば、いつか会った男の子もシティポップの帝王とか言う人のレコードをフリスビーみたい投げて割ったんだっけ?私は何故かそれを思いだし道中で思わず笑ってしまった。そして更に奥に行くと、より陰惨な光景が私の前に現れた。落書きがそこら中に描かれ、崩壊寸前の店が並んでいる。おそらくKIYOSHI YAMAKAWAがいるのは、お爺さんを信じるとするならば、この辺だろう。私は左右を確認して彼がいるらしい店を探す。すると私から右の店上の壁にKIYOSHI YAMAKAWAの文字が描かれている大きめの看板が見えた。
『シティポップ●●シンガーKIYOSHI YAMAKAWAのカラオケ教室! 生徒さん随時募集中!』
この看板を見た瞬間、私は幻滅や失望よりも深い悲しみを覚えた。こんなことだったら会いに来なきゃよかったとさえ思った。看板には下手くそな字で上記のような宣伝文が描かれ、その下手くそな字の宣伝文をよく見るとシティポップの次の部分が明らかにペンキかなにかで消されており、その上にこれまた下手くそな字でシンガーの文字が上書きされていた。多分元はあの酷いキャッチコピーそのままにシティポップのキングとか描かれていたにちがいない。おそらく後で自分で恥ずかしくなって消したのだ。なんてことだろう。あのKIYOSHI YAMAKAWAがカラオケ教室なんかやっているなんて。なんてことだろう。あれほどシティポップを嫌っていたのに、シティポップが注目された途端シティポップにすがるとは。私の知っているKIYOSHI YAMAKAWAはこんな人間だったのだろうか。ソウルを愛しその音楽活動をソウルシンガーとして全うし、そして日本の芸能界や音楽会に失望して、アメリカに本物のソウルを求めて旅立っていった男。私の知っているKIYOSHI YAMAKAWAはそんな情熱あふれる男だった。こんな昔の肩書を使ってカラオケ教室なんかやる男ではなかった。彼は昔の彼ならず。と誰かが言った言葉が私の頭の中に浮かんでくる。だけど私はそのまま彼に会わずに帰ることは出来なかった。どうしてもKIYOSHI YAMAKAWAには会っておきたい。それが失望しか生まぬにしても。
店のドアは半開きで開いている。おそらく昼間だし客もいないだろう。私は勇気を出してドアを開けて中に入った。
「失礼しま~す」と私は恐る恐る店に入ったが、その時ガタッと誰かが椅子から立ち上がる音が聞こえてそれから暗闇の中から私に向かって誰かが怒鳴った。
「誰だ!」
男の声だ。私が突然の怒鳴り声に動揺して何もいえずにいると男が再び怒鳴ってきた。
「おい!カラオケ教室は今日は休みだぞ!店も開けてねえんだからさっさと出ていけ!」
私は追い出されたら取材がパーになると思い慌てて言った。
「と、突然入って来てすみません!あ、あの、あなたはKIYOSHI YAMAKAWAさんですか?」
男は「そうだ」と答え、ライトを付けるために壁の方に歩いていった。しばらくするとパチンという音とともに店内が映し出された。想像した通りの寂れた店だ。そしてその店の壁際に立っている老人があのKIYOSHI YAMAKAWAだ。私は彼の姿がジャケットと雑誌で見たのとあまりにもかけ離れていることに衝撃を受けた。歳月はこうまで人を変えるのであろうか。もう昔のあの舘ひろし似の端正な顔はどこにもない。たしか彼は舘ひろしよりも年下だったはず。やはり一線を降りると人は変わってしまうものなのだろうか。今ここにいるのは若干太り気味の金の太いネックレスを付けた服装のやたら派手な老人でしかない。そんな彼を見ていると、私は急に彼が憐れに思えてきて、彼がアメリカに旅立ってから今までどうやって生きてきたかを知りたくなった。取材する決意を固めた私はKIYOSHI YAMAKAWAの目の前で自己紹介した。
「あの、私音楽サイトのSOUL MACHINEの上曽根愛子といいます。今回はYAMAKAWAさんの取材がしたくてお邪魔したんですけど、お時間大丈夫ですか?」
私の自己紹介を聞いてKIYOSHI YAMAKAWAの表情が急に固くなった。やはり取材は無理なのだろうか。私はしばらく彼の表情を伺って確かめた。やがてKIYOSHI YAMAKAWAはニヤッと笑って言った。
「別にいいけど。どうせカラオケ教室も休みだしな。夜までなら時間はあるぜ」
その不敵な表情に現役時代に醸し出していただろう、雄のフェロモンを感じて私は一瞬たじろいたが、気を取り直して取材を始めることにした。
「あの、YMAKAWAさん。私ずっとあなたの取材をしてきて、関係者にあなたの事をいろいろと聞いてきたんです。まずあなたが昔仲良くしていた山上達郎さん、達郎さんはあなたのことをすごく評価してました。あんなにソウルの事を理解して、表現出来る人は日本にはいないって」
「おお!達ちゃんか!アイツそんな事言ってたのか!確かにソウル料理のことをアイツに教えてあげたからな!」
「ええっと、次にDJ.OSUGIクンです。YMAKAWAさんは彼に会ったことありますよね?彼とコラボする話まであったとか」
「ああ!あのガキか!アイツ何を血迷ったか俺の曲をミックスジュースにするとか言って全く違う曲寄越しやがったんだ!今でも腹が立つぜ!あのガキにはよ!」
「ミックスジュース?それってRemixのことですか?」
「何でもいいんだよそんなものは!俺がいいたいのはあのガキが持ってきたのが俺の曲じゃなかったってことだよ!俺が金がねえからって人の足元見やがって!しかも俺が奴に本物の歌を聴かせてやったら、奴はそんな歌じゃねえとか抜かしやがった!全くどこまでも舐め腐った野郎だ!」
KIYOSHI YAMAKAWAによるOSUGIクンへの汚い罵倒を聞きながら私はOSUGIクンの言ってた『KIYOSHI YAMAKAWAは二人いる』という言葉を思い出した。確かにそうだ。この人は唖然とするほど極端な二面性を持っている。まるでジキルとハイドのようだ。ひとりは純粋なソウルの心を持った男。もうひとりは、今私の目の前にいる、人の真摯な質問を笑えない親父ギャグであざ笑い、手を差し伸べてくれた人間を口汚く罵る金に汚い男だ。しかし私はOSUGIくんほどナイーブではない。前にも書いたけど人を騙したこともあるし、人に騙されたこともある。人間がきれいな水でいつまでも生きることは出来ないことぐらいわかっている。私はここまで悪様に罵られているOSUGIクンのために彼がどれだけシティポップミュージシャンとしてのKIYOSHI YAMAKAWAを愛しているかを教えようとした。
「だけど、彼はあなたをリスペクトしてたんですよ!シティポップミュージシャンとしてのあなたを!」
「シティポップだぁ!」
あたりをつんざくようなKIYOSHI YAMAKAWAの叫びがガランとした店内に鳴り響いた。私はあまりの大声に思わず耳を塞いだ。私と彼はそのまま一言も言わずにしばらく睨みあっていたが、やがてKIYOSHI YAMAKAWA私から目を逸らし、額に手を当ててこう呟いた。
「情けねえよな……。お嬢ちゃんも今そう思ってるだろ?シティポップなんかゴミだと思ってるのに、今じゃそのシティポップの看板掲げなきゃ食ってけねえんだもんなぁ!」
このKIYOSHI YAMAKAWAの突然の告白に私は目頭が熱くなるのを感じた。ずっとソウル一直線でやってきた彼が食べていくために自分の忌み嫌っているシティポップの看板を掲げなきゃいけないなんて。私はKIYOSHI YAMAKAWAに向かって彼を慰める意味合いも込めてこう聞いた。
「YAMAKAWAさん、ソウルミュージシャンとして活動していたあなたにとってやっぱりシティポップは音楽として認められないものだったのでしょうか?」
「その通りだ。あんな魂の感じねえものはねえ!あれは坊ちゃん向けのおもちゃだ。アイツらは俺みたいに血反吐を吐きながら声を絞り出して歌ってねえんだ!大体あんな坊ちゃん連中にまともな歌が歌えるわけねえんだ!俺は中学を出てすぐに集団就職で東京に上京したんだ。それから船町徹先生に弟子入りしようと三日三晩門の前で座ってた。その後北風三郎親分のパンチの縫い付けまでやった。地方のキャバレー廻りはトラブルの連続だった。歌が下手だって酒ぶっかけられたことだってある。ギャラをピンパネされたことだってある。一番酷かったのは歌ってる最中に客の中にいた対立していた組の組員がいきなりドンパチ始めちまったことだ!あのときは頭に弾丸がかすめてもうちょっとで死ぬところだった。アイツらそんな経験したことねえだろ!だからアイツらの歌は心に響かねんだ!」
私はKIYOSHI YAMAKAWAの壮絶な半生を聞いて、だからあんな深い人間そのものを感じさせるようなソウルが歌えるのかと思った。彼の半生は一種の演歌的なエピソードの連続だが、それは公民権運動の頃の黒人も、そして今なお差別に苦しむ黒人にもある共通のエピソードだ。その環境から脱出するために黒人たちは喉を振り絞って歌い続け、そしてソウルを愛するKIYOSHI YAMAKAWAもまた同じように喉をふり絞って歌っていた。彼は話を続けた。
「でも惨めなもんだぜ。自分の出したレコードは全く売れなくて、事務所とレコード会社に騙されてシティポップなんてガキのおもちゃみてえなことやらされてよ。それでもダメでいろいろあってアメリカくんだりまで出かけてよ。で、アメリカでもラスベガスで歌えなくて、結局カジノですっからかんになって日本に戻ってきたんだ。結局俺の人生ってなんだったんだ!今まで俺が魂込めて歌ってきた曲が無視されて、今になってあんなゴミみたいなシティポップのアルバムが注目されるなんてよ!まるで恥の上塗りじゃねえか!」
そう叫ぶなりKIYOSHI YAMAKAWAはテーブルを思いっきり叩いた。私にはその叩く音が彼の心の痛みに思えて辛かった。私は彼に今は何をやっているのか聞いた。するとKIYOSHI YAMAKAWAは顔を上げて今はこのバーで夜の営業と昼間はホステスを相手にカラオケ教室をやっていると答えた。
「まぁ完全に余生さ。最近マネージャーやってた女にも愛想尽かされて逃げられちまったし、俺には何もねえんだ。俺はもう二度と自分の歌を歌うことはねえ。ただ恥を忍んで昼間に昔の名前でカラオケ教室をやって小遣いを稼ぐだけだ」
私は彼の人生を全て諦め切った言葉がたまらなかった。あのソウルシンガーKIYOSHI YAMAKAWAがこのまま人生からフェイドアウトしていくのを見たくはない。私はいつの間にか彼に向かってこう叫んでいた。
「バカ!あなたはあのKIYOSHI YAMAKAWAでしょ!今みんなあなたに注目しているのよ!私がなんでわざわざこんなところまで会いに来たかわかる?それはあなたを必要としているからよ!私だけじゃない!あなたのボイスを愛する人たちみんなあなたがもう一度歌ってくれるのを願っているの!ねえ歌ってよ!もう一度歌って見せてよ!」
KIYOSHI YAMAKAWAは私の言葉を聞くと俯いて黙りこくってしまった。そして震える声で小さく呟いた。
「お嬢ちゃん、でも俺自分の歌なんて殆ど忘れちまったぜ……」
私を席を立ってKIYOSHI YAMAKAWAのすぐそばに立った。そして彼を抱きしめて彼の耳元で優しく囁いた。
「いいの、なんでもいいのよ。あなたの覚えている曲を歌ってくれれば」
KIYOSHI YAMAKAWAはハッとした表情で私を見た。私の間近に顔の至る所に人生の苦渋のシワを刻んだ男の顔がそこにあった。彼は照れたように私から顔をそらしてその身を離すと「お嬢ちゃんのために歌うよ」と言って店の奥に入って歌う準備を始めた。危うかった。もう少しでKIYOSHI YAMAKAWAとキスするところだった。
やがて歌の準備を終えたらしいKIYOSHI YAMAKAWAがラジカセとマイクを持ってやってきた。左腕にも何か抱えていた。形からすると恐らく自分のレコードだろう。私は彼がやはり過去を忘れていない事を嬉しく思った。彼の持っているレコードが『SOUL TWO SOUL』だったらどんなに嬉しいだろう。あの甘いセクシャルな響きをもったボイスを生で聴けたら……。だが過度の期待は禁物だ。今ここにいるのは三十年以上現役から離れている、しかも六十代半ばの老人だ。今、彼はラジカセからテープを取り出し、それをまるで時を戻すかのようにテープの最初のところまでクルクル巻いて戻している。そして、彼は戻し終わったテープを中に入れてラジカセのボタンを押した。ラジカセからノイズが聞こえ、やがて官能的なストリングスが聴こえてくる。そしてKIYOSHI YAMAKAWAは歌い始める!そのソウルフルな声で!
「ああ〜っ♪アヴァンチュール・ナイトぅ〜♪熱海の夜はぁ〜♪」
な、なんだこれは!私はこの酷すぎる歌とも言えぬ代物に頭が真っ白になった。流石に冗談かと思ったが、KIYOSHI YAMAKAWAはいたって真剣な表情で歌っているのだ。やがて歌い終わった私に向かってレコードのジャケットをバーンと見せながらこう言った。
「聴いてくれてありがとう!これがシティポップの帝王KIYOSHI YAMAKAWAの代表曲『アヴァンチュール・ナイト』だ!」
このジジイが自慢げに突き出したレコードをみると、その『アヴァンチュール・ナイト』なるレコードのジャケットは、KIYOSHI YAMAKAWAの『アドベンチャー・ナイト』と瓜二つで、ただ帯のコピーが微妙に違うだけだった。帯のコピーはこうだ。『シティポップの帝王登場!スティーリー・ダンの完璧さとボズ・スキャグスの熱いソウルを持つ男が歌う危険な恋のアヴァンチュール!』
私は今やっとOSUGIクンの言っていることがわかった。KIYOSHI YAMAKAWAは二人いる。それは名前の同じ人が二人いるから間違えるなという意味だったんだ!達郎の言ってた演歌歌手ってのもコイツだ。こんな奴を追ってわざわざこんな辺鄙なところまで来て、しかも抱きしめたりなんかして!私のバカ!バカ!バカ!悔しさが止まらない!するとジジイが涎垂らして私に迫ってきた「今度はベッドでお嬢ちゃんを歌わせてやるぜ!」とか言って私に抱きつこうとしてくる!私は怒りのあまり思わずジジイをぶん殴って店内が揺れるほど叫んだ。
「お前誰だよ!」
SOUL TWO SOUL
上曽根愛子のKIYOSHI YAMAKAWAを求める旅は惨めな大失敗で幕を閉じた。彼女はそれから記事でKIYOSHI YAMAKAWAについて書くことを一切やめた。しかし独自にKIYOSHI YAMAKAWAの取材は続けており、資料が集まったら出版社に売り込むつもりだった。彼女は取材を続けていくうちに妙な噂話を聞いた。なんでも韓国に今のK-POPの礎を築いた伝説の日本人がいて、その男は今世界で活躍するK-POPのプロデューサー達から多大なるリスペクトを受けているという話だ。所詮噂話なのでその真贋は不明だが、話よるとその男は周りの人間によくこんな冗談を言うらしい。
「俺はソウルで、ソウルを見つけたのさ」
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