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《長編小説》全身女優モエコ 高校生編 第一話:運命の予感

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 あの文化祭の大スキャンダルでモエコの名は良くも悪くも評判になった。あるものは彼女を見ると嫌悪から目をそらし、またあるものは羨望の眼差しとともに彼女を穴が開くほど見つめるのだった。しかしそれはこの火山の麓の貧しい村の出来事である。モエコの事件は確かに村の近辺では話題になったが、今のようなネット社会ではなく、大学紛争などで世の中が動乱していた当時では、こんなど田舎の小学校の文化祭でのスキャンダルなど新聞記事になるはずもなかった。

 やがてモエコの事件も彼女が中学に進学する頃には忘れ去られ、中学時代のモエコは至って平穏な日常を送った。但しあくまでそれは表面的であり、あの結果的には彼女を東京へと上京させた大事件の種はすでに蒔かれていた。

 文化祭でシンデレラを演じてから舞台の魅力に取り憑かれたモエコは、中学時代に入ると即演劇部に入部した。彼女はその才能でたちまち主役を射止めたが、所詮は田舎の中学の演劇部である。モエコがどんなに素晴らしい演技をしても、他の部員があまりにも力足らずではどうしようもなかった。彼女は他の部員の演技を上達させようと、部員達に王子役の生徒にやったように台本を飲ませようとしたり、一日中役の台詞しかしゃべるなと命令したが、部員達はいうことを聞かず、却って顧問に直訴してアンタを退部させてやると逆ギレされて終わった。それでもモエコは演じることが楽しかった。たった一人でもいい。演じることであまりにも辛い現実を忘れさせてくれれば。彼女は演じながら自ら演じる役と会話していた。

 授業中いつも寝てばかりいたモエコであったが、成績は何故か常に学年のトップクラスであった。中学の進路相談で彼女は教師に県内の随一の進学校への入学を勧められた。その時教師は彼女に向かって、これからはもう少し真面目に授業を受けなさい。そしたら君は一流大学にだって行ける、とまで助言した。別に勉強など対して好きではないモエコは大学などに興味はなかったが、しかし大学と聞いて東京のことを思い浮かべ、もしかして大学に進学したら東京に行けるかもと少し嬉しくなった。そのままモエコが平穏無事に高校を卒業して、そのまま東京の大学に進学したとしたら、彼女はあの全身女優火山モエコになっていただろうか。それは否だ。彼女に平穏な道などなかったし、その波乱万丈の運命こそが全身女優火山モエコを作り上げたのだから。

 ところで彼女がテレビ観たさに小学生の頃からはじめたあの不埒な遊びだが、それは中学時代になってもまだ続いていた。ここでハッキリと彼女の遊び相手を紹介しよう。第一のお友達は例の地主の息子である。彼は今で言うオタク。手塚治虫の描く美少女に震えるほど興奮する危険な男であった。第二のお友達は旧財閥の御曹司である。この男は両親の金で世界中を旅した後、今は何故かこの九州の僻地の町に住んでいた。彼はモエコが駅前でテレビを見せてと誘いをかけていたときに現れて、よかったら君の絵を描かせて欲しいと言っていきなり五万円も手渡してお友達になった。そして第三の男は地主でも財閥の御曹司でもないただの中年の高校教師である。この金もろくにない男が何故モエコのお友達になっているのか。それは彼が勉強を親切に教えてくれるからだった。彼もやはりモエコが駅前でテレビが観せてと誘いをかけていたときに声をかけた。彼自身の証言によれば教師の端くれとしてこのあばずれ少女に説教をするつもりで声をかけたそうだ。しかし彼はモエコの黒くて大きい目を見た瞬間、説教など忘れすっかりこの少女に夢中になってしまったのだ。

 しかし他人から見ればふしだらどころではなく、明らかに警察沙汰であるモエコと男三人の交際であった。しかしその内実は奇妙な表現になるが、非常に清いものであった。彼らはモエコの手さえ触れず、ただ彼女とテレビを観たり、遊園地に連れて行ったりしているだけで、まるで遠くから訪ねてきた親戚の従姉妹、あるいは娘などと遊んであげてるだけのように見えた。しかしそれはあくまでそれは上辺だけのことである。彼らは成長し成熟してゆくモエコを危険なほどの眼差しで凝視していた。彼らはこれも意外な事だが、互いの存在を知らず、モエコが自分とだけ交際していると信じていたので、いずれ自分がモエコの初めて男になるのだと思っていた。しかし幼女をいきなり襲えるはずもなく、ただ光源氏のようにモエコが成長するのをひたすら待っていた。

 三人の男はモエコの気を引こうと、それぞれのやり方で懸命に奉仕した。まず、地主の息子は溜め込んだ漫画や人形などで彼女の気を引き、全く表情の変えぬモエコの前で舌舐めずりするかのように下品な笑顔を浮かべていた。彼は女性経験がまったくなかったので女性の関心を買う方法など全く知らなかったのだ。だから彼はモエコの好きなものなど知らず、ひたすら自分の好きなものを買って彼女に与える事が自分にとってモエコに与える最大の誠意だった。次に財閥の御曹司であるが、彼は地主のバカ息子などと違ってそれなりに教養があったので、文化芸術の事をモエコに教えて彼女の関心を買った。彼が饒舌に語る絵画や音楽や文学、そして演劇の話にモエコは夢中になった。彼女は御曹司の話の中にシンデレラの先にあるものを見たのだ。彼が語る寺山修司や唐十郎といった当時の演劇の英雄。そして彼らの演出の元で舞台を所狭しと駆け回る役者たち。自分もそこに入ることができたら。彼女は御曹司の話を聞いて成熟途中の胸をときめかせたものだ。ただ彼が時たま呟いた次の言葉だけは当時のモエコには、いや死ぬまで彼女は理解することが出来なかっただろう。『モエコちゃん、僕はハンバード・ハンバードで君は可愛いロリータなんだよ』

 そして最の高校教師だが彼は勿論地主のバカ息子のように金があるわけでもなく、また財閥の御曹司のように文化教養があるわけでもない。地元の二流大学を卒業して教員になったこの男には一般教養しかなかった。彼はモエコにすっかり夢中になっていたが、しかしあまりにも年齢に差がありすぎて会話自体が時々成り立たなくなることさえあった。このままではモエコは自分に飽きて同級生のたくましい薄らバカに盗られてしまう。そんな彼が唯一彼女をつなぎとめる方法は彼女に徹底的に勉強を教えることだった。モエコは彼が教師だと知って勉強を教えてとからかい半分にせがんだ時、彼はこんなあばずれ少女に勉強を教えることなど無駄だと思ったが、いざ試しに教えてみるとこの少女は意外にも飲み込みが早くあっという間に問題を解けるようになってしまった。あまりにもあっさりものを覚えるので彼は次にもっと難しい問題を出した。これは高校レベルの問題だ。いくら知恵を絞っても無駄だと思っていたらこれもかんたんに解いてしまった。高校教師は目を見開いてモエコを見た。一体何者なのだろうかこの子は。まさか自分の家に来る前にこっそり勉強でもしているのか? しかし彼女は端から勉強嫌いであり高校教師に勉強を教えてとせがんだのも冗談のつもりで言ったので勉強などするはずがなかった。モエコは単に優等生の役を演じていただけなのである。クラスの優等生のモノマネで勉強しているふりをしているうちに本当に勉強が出来るようになってしまっただけなのだ。高校教師は自分の目の前でいとも簡単に数式を解いてしまうこの少女を見て何故か悪い予感がした。だが、モエコに囚われてしまった彼にはモエコから離れることなど出来なかった。

 しかし悪い予感とは往々にして当たるものだ。彼は四十過ぎの独身であったが元来生真面目なたちで学校内は勿論、教育委員会でも評判が良く、三学期の終わりに来期から教頭に就任せよとの辞令をもらった。彼は自分への評価に喜び、同じ学校の教師たちも彼の教頭への就任を喜んだ。そして四月になり入学式を迎えたその日だった。彼は目の前に現れた突然現れた美少女を見て驚きのあまり息も出来なかった。そこにいたのはあのモエコだったからである。まさかこの子がうちの高校に入学してくるなんて!  モエコは唖然として立ちすくむ彼に向かって悪戯っぽい笑顔で挨拶をした。

「先生! おはようございます!」

 晴れて教頭となった男はこの浮かれ気分に水どころか氷までぶっかけるようなモエコの登場に驚き、そして先々起こるかもしれない不幸を思い身を震わせた。しかし彼は同時にこれでモエコを完全に手元におけると歓喜に身を震わせたのだった。しかしあまりに意外な展開だった。モエコは自ら彼に志望校を語ることはなかったし、彼がモエコに志望校は決まってるのかい? と質問しても、先生が演劇部のある学校を紹介してくれたのでそこを受験するつもりだとしか言わなかった。彼はモエコが自分の高校にモエコが進学することなどありえないと思っていた。彼女の住んでいる村は学校がある市からとんでもなく離れていたし、大体この学校は県内でも有数の進学校で、モエコが一夜漬けで勉強してもとても入れるところではないと思っていたのだった。しかしこうしてモエコは合格して入学してきた。まさか自分に会いたいあまりに必死に勉強してこの学校に入学してくれたのか。そんないじらしい姿のモエコを想像していると、当初感じた不安は、歓喜と恍惚にあっという間に退けられてしまった。








 


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