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靴下のかたっぽがみつからない ㉖イチくんとわたし

ある日警察から電話が来ました。
前に住んでいたアパートで空き巣に入られて被害届を出した、あの犯人が分かったと言う連絡でした。
捕まった、ではなく、分かったと言うお話に少し違和感がありました。

聞くと、ゲームセンターでちょっとしたトラブルがあり、警察沙汰になり、指紋を取ったら、私の件と重なったそうなのです。
警察の方は、ゲームセンターでは本当に小さなトラブルだったので、まさか指紋からこんなことになるなんてと、大層驚かれていました。
ええ、私も驚きましたよ。

名前はイチくんと聞きました。

連絡が来た時のイチくんの年齢は高校2年生でした。
私の家に空き巣で入った時は中学3年生で、誕生日がまだきていなかったので、15才になっていなかったそうです。
私とも面識があったというお話で、あのたった5ヶ月の間に中学生と会ったっけ??と、頭の中のタンスの引き出しを手当たり次第に引き抜いて、あさってみましたが、出てきません。
アオイとアカネとも面識があって、たまに遊んだことがある、と聞いて「あ」となりました。
タンスの引き出しに入ってました。
いましたよ中学生の男の子が。

私が日曜日家事をしている間、アカネ達は、私のアパート前の小さな庭や細い道路でよく遊んでいました。
家事が終わり、「買い物にいくよぉ」と二人を車に乗せようとする時、一緒に男の子がいて、
「遊んでくれてたの?ありがとうね」
なんて声をかけたことを思い出しました。
その後は引っ込み思案なのか、下を向いて、ちらっと私の顔を見る程度だったのですが。

あぁ、あの時はもう私のアパートの家に入っていた頃だったんだ、だから、あんな気まずそうな顔をしてたのか、と納得しました。
あのなんとも言えないイチくんの表情をみて、
「思春期の男の子って可愛いわねぇ」
なんて、呑気に思っていましたから。

問題はそこからでした。
警察の方が当初、「見つかった」という言い方にするのには、ちゃんと理由があって驚くことになります。
当時まだイチくんは14才で、日本の法律で14歳以内の犯罪は法律で罰しないという、決まりがあるそうです。
確かにニュースなどで、そのあたりの年齢の犯罪がなにか壁があるようなのは見てましたが、こんなリアルに自分の目の前にやってくるとは思いませんでした。
なので、警察の方が言うには、「民事でお互いで解決してください」となるそうです。

イチくんの御両親の連絡先を聞き、こちらから電話することになりました。
「え、やってくれないの?自分で電話するの?」
もう私の小さな器では、なんて言って電話したかなんて覚えていません。
しきりに電話に出たイチくんのお母さんが謝っていて、とりあえず会うことになりました。
会う場所も、警察署内のどこか部屋を貸して欲しいと聞きましたが、もう警察は関係ないので貸せないとのことで、仕方なく、イチくんのお母さんが指定したお店で会うことになりました。

なんともにぎやかいお店でした。

ご両親と、その間にイチくんがいました。
下を向いて、反省してるというよりも、不貞腐れてるようでした。
見るからにサラリーマン、ごくごく普通のスーツは着なれている年齢のお父さんと、ごくごく普通の、近所のスーパーですれ違っても全然違和感ないであろう、生活に溶け込んでいるお母さんがいました。
イチくんはというと、高校の制服を着て両サイドに座る両親に、「ちゃんとしろ」とたまに怒られてました。

御両親が言うには、こんな話でした。
中学から、素行の悪いお友達と関わっていて、カツアゲみたいなこともされていて、お金欲しさにとりました。
アカネちゃんとアオイちゃんと遊んでいて、家の中に遊びにおいでと誘われて、家に入った時に、二人の隙を見てお金を取りました。
と言うお話でした。

私は休日、子供達だけでお留守番をさせることは、絶対になかったので、嘘だと思いました。
本当にそうなのか聞くと、イチくんは黙って頷きました。

「一回じゃないよね?」
と聞くと、イチくんは頷きました。
御両親は「え!」と驚いてイチくんの顔を見ていました。

引っ越したばかりで生活がおぼつかない中に、再度盗られて精神的に辛かったこと、結果また引っ越しをして、お金もかかったことを話をしました。

にぎやかなお店で、時々イチくんと私の声はかき消されました。
何人かで酒を飲んでいる人たちがいて、楽しい歓声が時折り湧き起こります。
その度に、会話が止まりました。

もう法律で対応してくれないのなら、私はどうしたらいいかわかりませんでした。
怒りや悲しさをぶつけたところで、それが不貞腐れているイチくんに届く気もしませんでした。
感情的に怒る気にもなれませんでした。
お金の請求もしてはいけないと、警察から言われました。

そして、イチくんを見ていたら、わたしは子供の頃の自分を思い出しました。
あの6通の手紙です。
この子はどんな心理だったのだろうか、本当に悪いことをしたかったのだろうか、と、足元がゆらゆらと揺れる感じがしました。

気がつくと私は
「イチくんも悪いかもしれないけど、その周りの大人達も問題があったのかもしれない、私も娘が2人いるのだけれど、子育てをする親として、反省してきた」
みたいな話をしていました。
なぜ怒らない、なぜイチくんに怒らない。
気づくと御両親は、飛んできた豆鉄砲を食べてしまった鳩のような目をして私を見てました。

こんな時は、普通の人はどうするのだろうかと何度も思いました。
私は普通の人ではないのかなと、思いました。

結局被害届の金額と、その他引っ越し費用とか考慮していただけたのか、結果かかった費用は足りないけれどお金返ってきました。

もうすぎた話なのですけどね。

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