【物語】一億光年の誤差
むかしむかし、ある大きな町に、それはそれは立派な桜の木がありました。
桜の木は、大きな天文台の近くにいて、人々の生活を見守っていました。
ある日、有名な天文台の学者がこういいました。
「冬の時期に南西に見える赤い星は、あと100年でなくなるでしょう。」
桜の木は驚きました。
あの赤い星は、桜の木が冬の長い夜を共に過ごしてきた、大切な友達だったからです。
学者はこう続けました。
「星の輝きは、過去の光なのです。ですから、今、あの赤い星が輝いて見えるのは、100年前の光であり、今はもうあの星は光っていないのです。」
学者は、素晴らしいことを発見したと、威張りながら言いました。
桜の木は、とっても悲しい気持ちになりました。
桜の木だけではありません。その話を聞いた町中、いや国中、さらに世界中の人が、今はもうないとされる赤い星を思って嘆きました。
ある人は写真を撮ってその姿を惜しみ、
ある人は記念グッズを作って別れを告げ、
ある人は星を題材に物語を作りました。
それから桜の木は、夜もずっと空を見上げるようになりました。
春になって、桜の木が満開に咲いても、桜の木の心は晴れませんでした。夜になると、まだあの星はあるだろうかと、不安な気持ちで空を探しました。
夏になって、地球の裏側に隠れたあの赤い星が見えなくなると、「見えていない間にもういなくなってしまったのではないだろうか。」と心配になりました。
秋になると、「そろそろ見えるのではないか。」と期待して空を見上げました。
冬にがきてあの赤い星が見えると、嬉しさで胸がいっぱいになりました。
そうして月日が過ぎていきました。
500年後。
「今はもうあの星は光っていないのです。」
ある学者が、
ある赤い星に、
そう言ったことさえ、忘れられた頃。
大きなビルが立ち並ぶ大都会の真ん中に、それはそれは立派な桜の木がありました。樹齢1000年を超える桜の木は、大きな都市のシンボルでした。
そして、
そんな桜の木が夜見上げる空には、
まだ赤い光が輝いていました。
冬、南西の空に見える赤い光は、相変わらず美しくかがやいていました。
桜の木は、冬と春に訪れるこの赤い友人を、相変わらず愛おしく眺めていました。
そう。
誰に「もうだめだ。」と言われても、
誰に「もうないんだ。」と言われても、
赤い星は、輝き続けていたのです。
これは一億光年の誤差の物語。
輝き続ける星の、キセキの誤差の物語。
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