【物語】枯葉蝶
「さっき見たんだもん!たくさんの蝶が飛んでたんだ!!」
カフェで面接に向けた資料を読み込んでいた私は、隣の席から聞こえてきた男の子の声に、顔を上げた。
隣の席には、6歳くらいの男の子がいた。リュックを隣に置いて、大きな図鑑を広げて、向かいにいる母親に図鑑を見せていた。銀杏色のセーターを着たお母さんは、ニコニコしながら頷いていた。男の子の話は話半分で聞いているようだ。
男の子は、お母さんが聞いていないことを悟っているのか、ムキになって言い募る。
「本当だもん!図鑑にない蝶だったんだ!!でも、いっぱい飛んでいたんだよ!!」
私は、男の子の声を聞きながら、注文したアイスティーを飲む。なんとなく、正面にある大きな窓を見た。
窓の外には紅葉と銀杏と楓が見える。
遥かなる秋の空には、刷毛で書いたような雲がうっすらと漂い、時々空っ風が吹いて落ち葉を巻き上げる。
「ほら、また飛んだよ!!」
男の子が、興奮したように窓を指さした。
お母さんが、窓の外を見る気配がした。
私も窓の外を見続ける。
さぁぁぁぁ
強く吹く秋風。
空へ飛び出す紅葉と銀杏と楓。
そして、枯葉。
地に落ちた枯葉は、風に吹かれてもう一度空へと舞い上がった。地面で羽を休めていた蝶が、もう一度空に羽ばたくようだった。
そうか。
あの子が言っている「蝶々」は、、、
「ふふ。」
柔らかい女性の声が聞こえた。
「お母さんにも見えたわ。蝶々。」
窓の外を見ていたお母さんが、男の子の方に視線を映した。
そして、目を細めて微笑んだ。
眩しくて仕方がないのだろう。
蝶を知った我が子の成長と、
枯葉を蝶といった、我が子の純真さが。
「ね、言ったでしょ?」
褒めて、褒めてというように子供は笑顔を浮かべた。
茶色く枯れ、
地面に散らばる落葉でさえ、
秋風に吹かれて舞い上がれば蝶になれるのか。
そう見てくれる人が、いるのか。
私は、残しておいたアイスティーを一息で飲む。
からんからん、と涼し気な氷の音がした。
コトン、とコップを置いてバックを手にする。
そろそろ時間だ。
面接会場にいこう。
懸命に生きて地に落ちた枯葉を蝶と言ってくれる人がいる。
なら、自分らしく懸命に生きよう。
例え地に落ちても、もう一度羽ばたけばいいのだから。