![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/154735184/rectangle_large_type_2_d635b3cb32859d56f51a1db27d329b48.png?width=1200)
【物語】花をねだる子供
ラベンダーのにおいがする。
雨のにおいと混ざって、ラベンダーの香りが閉じ込められてしまったようだ。
濃い紫の香りが、あたりを包んでいる。
目の前には、紫の海が広がっていた。
波のように、風に吹かれた紫の花が揺れている。
梅雨。
雨と雨の間にできた曇り空を狙って、私は紫の花を摘みに来た。
小さな花一つひとつを見廻る蜂や蝶の邪魔をしないように花を探す。
誰もいない花を見つけたら、小さな花と葉が2つ、3つ目までのところを鋏でちょんと切る。
ラベンダーの花は、それ以上切ってしまうと次の花が咲かなくなってしまうそうだ。
紫の花に、梅雨のおすそ分けをしてもらう。
毎年恒例のラベンダー摘みの時間だった。
生き物の生活を妨げないように、
次の命を絶ってしまわないように、
慎重に鋏を入れる。
花を摘んでいる私の耳元で、
ぶんぶんと蜂が飛ぶ。
最初はこの音が怖かった。
けれど、紫の花めがけて一直線に飛ぶ蜂を見て、私は安心した。ここに、私の敵はいないのだ。
時折目の前を横切る、黄色と白の蝶に目を奪われながら、私は丁寧に丁寧にラベンダーを摘んだ。
梅雨独特のむせ返るような暑さとラベンダーの香り。紫に酔ったように、くらくらする。
ふいに、
甲高く幼い声がラベンダー畑に響いた。
「お花摘みたい!!」
少し目線を上げた。
ラベンダー畑の向こう側に、赤い帽子をかぶった5歳くらいの少年と、涼し気な薄紫のワンピースを来た母親、そして、母親にカメラを向けられている麦わら帽子を手に持った8歳くらいの少女が見えた。
赤い帽子の少年が、母親にお花摘みをねだっている。母親のほうは、8歳くらいの少女に麦わら帽子をかぶせ、「もっと楽しそうにして!」「もっとカメラによって!」と指示を出している。
カメラを向けられている麦わら帽子をかぶった少女は、つまらなそうな顔をしていた。
一生懸命写真を撮る母親の足元で、5歳くらいの少年が、「お母さん、らべんだー摘みたい!」とねだっている。
花をねだる少年が、なんとも愛らしい。
夢中で写真を撮っていた母親が、息子の可愛いおねだりに負けたようだ。写真撮影を中止して、少年の頭を撫でた。そして、ラベンダー摘みの受付に行こうとした。
その時、つまらなそうな顔で写真を撮られていた少女が、「私も摘みたい。」と小さな声で主張した。
そうして、母子3人がラベンダー摘みを始めた。
少し離れたところで、私もラベンダーを摘む。
麦わら帽子の姉と赤い野球帽の弟の二人は、蜂におびえながら、小さな手で大きな鋏をもってラベンダーを摘んでいく。
時折、姉弟は紫の花に顔を寄せて匂いを嗅いでいる。その様子を、母親が穏やかな顔で見ていた。
愛らしく、神聖さを感じる光景だった。
なんだか、早く家に帰りたい。
パチン、と音を立てて、最後のラベンダーを摘み取った。
いいなと思ったら応援しよう!
![勿忘草(わすれなぐさ)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/156569457/profile_3fbacdc14dea65eef733d523c9f14e9d.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)