【物語】胸を張って狂い咲き
レギュラーから外された。
何のためにこの頑張ってきたのか、もう分からなくなった。
だから、今日は体調が悪いと言って部活を抜け出してきた。
とぼとぼと音がしそうなほどゆっくりと、私は歩いた。
楓がはらはらと落ちてくる。
私を慰めるように、時折肩を撫でながら、優しく降る。
でも、今はそっとしておいてほしかった。
右手には相棒のフルートが入っているケースををぎゅっと握った。
10分ほど歩いていたら、遠くから、わいわいと声が聞こえてきた。お好み焼き、いやたこ焼きだろうか。屋台の食べ物のにおいがする。
おそらく、この道沿いにある大きな公園でイベントがあるのだろう。
その公園は、この地域では有名な楓の観光名所だった。
通称、《唐紅の水鏡》。
キャッチフレーズは、《自然が生み出した奇跡の風景》。
大きな池の周りを、これでもかというくらい真っ赤な楓が縁取る景色は圧巻だ。
イライラする。
何にもしなくても、ちやほやされる楓。
イライラする。
ワタシが頑張っているときに、のんきにサボってる大人。
私は、あんな賑やかさに混ざりたくない。
いつもの道から外れる。
遠回りでも、静かな道を選んだ。
結局、紅葉の観光名所だから、一本道を逸れても美しい楓の木々が続いている。相変わらずはらはらと落ちる、赤い葉。
みじめで泣きたくなった。
小学生の時、フルートを出会って、吹奏楽部で全国大会に行った。フルートが大好きで、中学校でも頑張った。中学校の吹奏楽部は、小学校の時の仲間とほぼ同じメンバーだった。
みんなの呼吸が合う。
強く歌いたいところ、弱くしたいところもみんなで揃う。
どのパートに華を持たせるか、相談しなくたってわかる。
「今は君が主役だよ。」
「次は私が歌うわ。」
「ここで俺が派手に行くぜ!!」
「僕はみんなを支えるよ!」
「今は私が主役を飾るわ!」
楽器のそんな声さえ聞こえてきそうだった。
みんな主役で、みんなでサポートする。
みんなで互いを尊重し合い、譲り合う。
そうして音の大きさ、響きが重なった瞬間、「音が鳴る」のだ。
一つの楽器では出せない「音」が重なって繋がって「音楽」になる。そうやって、中学校3年生のとき、全国大会で金賞を取った。
もっと、「音楽」がやりたい。
そうして私は、地元で1番吹奏楽に力を入れている高校に進学を決めた。
楓が私の頬を撫でた。
本当にやめてほしい。
慰められる、いわれはない。
高校では、初めて会う人と合奏する。わかっていたはずだった。でも、呼吸があるメンバーとしか合奏をしてこなかった私には、意識してみんなに合わせることができなかった。
呼吸が合わない、リズムが狂う、指が乱れる、音程が歪む。音が散らかっていく。
合わない周り、合わない楽器、全てにイライラしたまま、レギュラーをかけたオーディションが始まった。
そして、その日。
4年も一緒に音楽を奏でてきた相棒のフルートが、プイっと私から顔を背けた。音は散らかったままだった。
私は部活のレギュラーから外された。
もう、去年のように吹けないのかもしれない。
そもそも、私の才能なんてなかったんだ。
全国大会に行ったのだって、みんなのおかげ。
遠くでにぎわう観光客の声。
はらはらと落ちる楓。
歪む視界の『先』。
ひらりと薄紅色の欠片が舞った。
欠片を目で追う。
優雅に踊るように、くるりくるりと閃いて、
可憐に着地したのは、
桜の花びらだ。
桜の花びらが来た方向に目を向ける。
真っ赤に燃える楓の木が道を譲るように両端に寄っている。その奥に、一本の古木が薄紅色を降らせていた。
ひらりひらりと妖精のような花びらが辺りを飛ぶ。花を抱えた枝が重そうにしなる。
満開の、狂い咲きの、桜。
そこにあったのは、両脇に楓を控えさせ、ゆったりゆったり風に吹かれて花を纏う見事な桜だった。満開の桜の木には、隙間がないくらい花が咲いている。
さぁぁぁ
秋風が桜を揺らせる。
たくさんの薄紅色と、たくさんの紅が一斉に秋の空へ飛んだ。
──────どうぞ、持っていってください。
風に散っても色褪せない、まだまだ咲き誇る楓と桜がそう言っている気がする。
秋空を舞台にステップを踏む桜と楓。
マイペースな桜を、楓は包み込むように支える。
こんな時期に咲いても、いいんだ。
こんな時期に咲いても、いいんだよ。
ふと。
気が楽になった。
焦らなくていいのだ。
桜は春じゃなくても、咲ける。
いつだって、咲ける。
いつだって、美しく咲ける。
さぁぁぁぁぁ
もう一度、秋風が吹く。
待ってましたとばかりに桜と楓が舞い上がる。
主役を取られたはずの楓が、桜の花びらと楽しそうに秋の空でダンスしてる。季節外れの共演は、息ぴったりだった。
ひらり、ひらり、
ゆぅらり、ゆらり、
くるりと回り、また揺れる。
時にぶつかり、
時にすれ違いながら、
秋晴れを背にワルツを踊る。
初めて出会ったはずの楓と桜は、
それはそれは楽しそうだった。
私はそっと、右手に持つフルートを抱きしめた。
信じよう。
私の中に、確かに咲く花がある。
いつ咲くかわからないけど、必ず咲く花が。
焦らずに、周りを見渡せば、
一緒に咲いてくれる人たちがいる。
今じゃない。
私という花が狂い咲くまで、
ひたむきに待とう。
時が来たら、美しく踊れる準備をしながら。