【物語】全ては私に託された。(秋ピリカグランプリ2024参加作品)
ビリッバリバリ
透明な壁が破られて、
私たちは世界の空気に触れた。
上品な紙質が自慢の、私たち10枚姉妹の便箋。重なる私たちの中から、1番上の姉さんが引き出された。
白がベースで、縁にアラベスクが書かれている姉さん。私と同じ姿をした姉さんは、紺色のブレザーを着た少女の手で、丁寧に勉強机の上に置かれた。
秋の夜に鈴虫の声が鳴り響く。
少女は黒いボールペンを握り、緊張した様子で1番上の姉さんを見る。
少女が深呼吸をした。
すっ、と姉さんに黒い文字が書かれた。
美しい筆跡で流れるように黒いインクが引かれる、と思ったら流れが止まった。
そして、姉さんはぐちゃぐちゃにされて、ポイっとゴミ箱に放り投げられた。1番上の姉さんは、挨拶が固いという理由で捨てられた。
2番目の姉さんは、手汗でしわしわになったといわれて丸められた。
3番目の姉さんは、果たし状のようだといわれて破られた。
4番目の姉さんは、絵文字を使ったからといわれて紙飛行機にされた。
5番目の姉さんは、お手本のようでつまらないといわれて隅に置かれた。
6番目の姉さんを書いていた時、少女の手が震えた。手紙の文字が歪んだので、6番目の姉さんは大きくばつを書かれた。
少女はすぐに、7番目の姉さんを世界に出して机の上に乗せた。それきり少女は動かなくなった。
突然、7番目の姉さんの上に雨が降った。
ぐす、ぐすという雨の音が聞こえる。
鈴虫は、いまだにリンリン鳴いている。
紺色のブレザーを着た少女は、両手で顔を抑えている。それでも溢れる雨が、彼女の指の隙間から零れる。
机の上のライトが、雨を輝かせた。
綺麗だな。
たくさんの便箋の中から、私たちを選んでくれた時の満足げな表情も。
しわが寄らないように、丁寧に私たちをつまみ出す仕草も。
うまく書けなくて、零れる涙も。
綺麗だ。
結局7番目の姉さんは、びしょびしょに濡れたため捨てられた。
雨があがった後、8番目の姉さんが引き出された。
8番目の姉さんは、シャープペンでたくさんの文字を書かれた。
「大好きです。」
「ずっと前から好きでした。」
「消しゴムを忘れた時、そっと貸してくれたこと忘れません。」
「付き合ってください。」
「一度だけ話がしたいです。」
たくさんの好きが、8番目の姉さんを飾る。
真っ黒になった8番目の姉さんは、壁に立てかけられた。
9番目の姉さんが外に出る。
ありったけの想いを込めたインクは、肝心なところで机の傷に引っかかって歪んだ。少女の顔がこわばる。
そして、私が外に出る。
私は、机の上に横たえられた。
オレンジ色のライトに照らされた彼女は、震えそうになる手を何度も握りしめて、私に一言書いた。
「今日のお昼休み、体育館の裏で待ってます。」
少女は、満足げに私を見て頷いた。
そしてインクが乾いたあと、私は丁寧に畳まれて私そっくりの封筒に入れられた。
ドキドキする。
全ては私に託された。
(本文 1168字)