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【物語】おかしな大冒険

10月30日の夜。
次の日のハロウィンを楽しみにして、私はベッドに入ったはずだ。

楽しみだったから、
魔女のマントを羽織り、
真っ黒なスカートを着て、
布団に入った。

明日の準備として、
ベッドサイドに黒いとんがり帽子を乗せて、
クッキーを入れた可愛い空き缶を置いて、
猫の写真が飾られている壁に竹箒を立てかけて、
寝た。

いつも通りふかふかのベッドに入って眠ったはずだ。



眠ったはずなのだ。

それなのに、どうして私は外にいるのだろう??



私は今、星空を飛んでいる。
壁に立掛けていたはずの竹箒で、ダイヤモンドを散りばめたような夜空を、飛んでいた。

黒いスカートをはためかせ、黒いとんがり帽子を頭に乗せて、私は飛んでいた。


満月が浮かぶ少し肌寒い夜の気配の中で、私は街を見下ろした。

眠る夜の街。
人は少ないが、まだあちこちの建物のネオンが輝いている。宝石箱のような夜景だ。

風がびゅーびゅーと吹く。
目がシパシパする。
瞬きをしながら目線を上げると、箒の先端に何かがいる。

黒猫だ。

黒猫が振り返った。

「おはよう、ねぼすけさん。」

小さな男の子のような高い声で黒猫が喋った。

「もう夜なのに、まだ起きないから焦っちゃったよ。ハロウィンの前日は、寝坊しちゃダメだよ。」

黒猫は、当たり前のように私に話しかける。
でもなぜか、私はそれを「そんなこともあるよな。」としか思わなかった。

大人のように私に注意する黒猫。
この子は、なんなのだろうか。

ビュービューと鳴る風の音に遮られないように、
私は少し大きな声で黒猫に聞いた。

「ねぇ、君は誰?」

私が聞くと、黒猫は呆れたようにため息をついた。

「まだ寝ぼけているの?僕はシロだよ。」

シロ。
黒猫のシロ。

懐かしくて、なんだか可笑しくて、私は声を上げて笑った。

黒猫のシロは、まだ呆れた顔で私を見ていた。

「ほら、ボサっとしてないでクッキー持って。そろそろ着くよ。」

シロが、缶に入ったクッキーを私に差し出した。
ベットの横に置いていたはずなのに、いつのまに持ってきたんだろう。

不思議に思っていたら、竹箒が急降下した。
スカートがふわりと広がって、とん、と私は大きな建物の屋上に足をつけた。




屋上は、賑やかで不気味で可笑しかった。

さっきまで満月だった月が、三日月になって空の上で笑ってる。たまに、「ははは!」って声がする。

そこかしこに置かれたかぼちゃが「わっはっはっ」って笑ってる。笑いすぎて、たまに涙を浮かべている。

小学生の私と同じくらいの背をした鼻が高い黒服の魔女が、箒を左手にオレンジジュースを右手に持っている。なんだかドロっとしたジュースだなぁ。もしかして、パンプキンジュースかも。

白い布を被ったお化けがあちこちで話している。
じっと見ていたら、その中にいたひときわ小さい白布お化けと目が合った。そして、小さな白布お化けが、とことこ、と私に近づいてきた。

「ねぼすけさん、こんばんは。今日は一段とおかしな夜ですね!」

私は首を傾げた。
そんな私を見て、黒猫のシロが私の肩に飛び乗った。そして、ヒソヒソ声で私に囁いた。

(クッキーを1枚渡して!)

私は、左手に持っていたクッキーを1枚差し出した。

「ありがとう、親切なねぼすけさん。おかしな夜に祝福を!」

白布お化けは、私に橙色のキャンディーを渡した。そして、白布お化けの集団に戻って行った。

それを見ていた魔女が、ジュースを片手にこちらに来た。

「やあやあ、素敵なねぼすけさん。あたしにもおかしな夜をおくれよ。」

私はわけも分からぬまま、クッキーを差し出した。魔女は満足気に頷くと、持っていたジュースを私に渡した。やっぱり、かぼちゃの匂いがした。

それから〈おかしな夜〉が始まった。

あっちからもこっちからも、〈おかしな夜〉をねだる声がする。

その度にクッキーを渡す。
代わりに、私もお菓子を貰った。

三日月からは、黄色いまん丸のマカロン。
ジャック・オー・ランタンからは、星型のスイートポテト。
ガイコツからは、緑のチョコレート。
私より大きい化け猫からは、ぬるぬる動く七色のグミ。

いろんなお菓子をもらった。
それなのに、シロは私に「食べちゃダメだ」と言う。

理由はわからない。
結局お菓子は、全部シロが食べてしまった。

悔しかったので、食べ終わって毛づくろいしているシロの尻尾をちょっと触った。触っただけなのに、シロは毛をふわりと逆立てて、飛び上がった。




楽しい時間はあっという間に過ぎた。

気づいたときには、

三日月がグーグーといびきをかいて、

ジャック・オー・ランタンが静かに目を閉じて、

魔女がテーブルに頭をのせて、

白布お化けが肩を寄せ合って地べたに座って、

シロが朝日を見ていた。


あんなに騒がしかったビルの屋上が、シーンと静まり返っていた。私は寂しくなって、ビルの屋上から朝日を見る黒猫のシロの右側に立つ。

屋上から町を眺める。建物の森の向こう側から橙色の光がまっすぐに広がった。藍色の空が、朝やけ空の光色に包まれていく。

頬がじんわりと熱くなる。
太陽が少しずつ登り、夜が終わる。
ひんやりとした空気が、朝の温かさに溶けていく。

「あんまり寝坊しちゃだめだよ。」

私は、シロをみた。
朝日に照らされた黒猫のシロ。
その毛並みが、一瞬だけ白く見えた。

「私は、朝型なんだよ。」
こみあげてくる涙をこらえて、私は軽口を言った。

シロはあきれたように笑った。

私も笑った。

ちゃんと笑えていたか、自信はないけど。




朝日が真っ白に世界を覆う。


白い世界の向こう側で、にゃあという声が聞こえた。



それは、空の向こうから聞こえた。



確かに、聞こえた。





瞬きをしたら、私はベットの中にいた。

「シロ?」


誰もいない空間に聞いてみたけど、返事はなかった。



私は急いでベットから出た。
朝のひんやりした空気にぶるっと身を震わせた。

くしゃくしゃになった黒いスカートをパンパンと叩いて伸ばす。

そして、くしゃくしゃになった黒いマントも一度脱いでパンパンと叩いて伸ばす。

更に、ベットサイドに準備していた黒いとんがり帽子を被り、クッキーが入った缶を持つ。

準備が出来た。
私はバタバタと足音を立てながら一階に降りた。


もう、ねぼすけとは言わせない。


一階の端っこの部屋に到着した。
扉を開けると、そこに小さな仏壇が見える。


私はそこに正座して、目をつぶり、両手を合わせた。


いい、シロ。
私は朝型なの。
あなたが朝ごはんをねだるから、朝起きるのが得意になったんだよ。
その代わり、夜は寝かせてよ。


そっと目を開ける。
仏壇に置かれた真っ白な猫の写真を見つめた。


お母さんには内緒だよ。


私は心の中でそういいながら、缶に入ったクッキーを一枚、仏壇の真ん中に置いた。



おかしな夜をありがとう、シロ。


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勿忘草(わすれなぐさ)
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