「人間」という怪物について
あなたを愛することも憎むことも叶わずに、できたのは愛するように憎むこと憎むように愛すること
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空は空のふりをしている。海は海のふりをしている。神も神のふりをしているのかもしれないし、悪魔も悪魔のふりをしているのかもしれない
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すくなくとも、人間というのは私たちにとってつねに怪物だということだ
人間は、つねに私たちのふりをしているくせに、そのことに気づきもしない
人間はどこからでも、あらゆる予想外の死角から私たちを襲いにくる
気づいたときには、その気づいたということすら、人間たちの支配下に置かれている
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人間はあなたのフリをする。あなたは人間のフリをする。あなたは人間ではなかった。あなたは人間であるかのようにしてあなたであり、あなたであるかのようにして人間だった。
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あなたがあなたであることをやめたとき、そこに人間が居座った。あの公園の青い滑り台が撤去されたとき、その空白を埋めたのもまた人間だった。
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あなたの額と右目のあいだでつねに笑っているヒトの顔の影があり、
いつかそれがあなたのかわりに、あなたが担うべきあらゆる笑みをかわりに笑うようになるだろう
そのころにはあなた自身は、所在なさそうに揺れるおそらくは右肘の静脈のまじわるあたりにいる
ちょうど血液検査の注射針が突き刺さるあたりだ
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あなたが今抱きしめたその人は、本当にその人なのか。実はかつてその人の鼠蹊部にあった三つの黒子で、その人自身は今は脇腹の草むらに追いやられたりしていないだろうか。
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ある人を愛するとは、そのからだに巣食う無数の人間たちのうごめきを愛していくことだと思う。
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右腕の誰かの思い出を右肩の誰かが聞いて左の脇腹の誰かに告げ、
それを盗み聞きした腰骨にのった小さな誰かが、おへその誰かへと伝える
それが声の誰かに届くことはなかった。あなたが戻ってきたから
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あなたがなにか言いたいときは、決まって右の肩甲骨と左の鎖骨の会話を盗み聞くことにしている
そしてあなた自身、唇の微笑みの誰かに、その盗み聞きを盗み見られていることを意識しながら、すこし言い間違ってみるのだ
読んでくれて、ありがとう。