倉崎稜希 小谷くるみ 二人展「there-was」に寄せて
2020年11月20日から12月20日まで開催した倉崎稜希 小谷くるみ 二人展「there-was」のキュレーションにあたり、作品集に掲載した文章を公開します。
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倉崎稜希 小谷くるみ 二人展 「there-was」
2020. 11. 21 Sat. - 2020. 12. 20 Sun.
https://dmoarts.com/exhibition/2020/there-was/
はじめに
本展は二人の若手美術家にフォーカスしている。
彼らは同世代であり、「痕跡」、ひいてはそれが示唆する「人間のコントロールを超えたものへの畏敬」という共通のテーマを持っている。
絵画そのものも、支持体にマテリアルが置かれた「痕跡」と捉えることができる。ただの痕跡に意味をもたせるのは想像力や知識といった知性である。そこに描かれているものを認知すること、さらには描かれている以上のものを読解することは人間特有の営みであり、その探求こそが芸術の一つの本質であると言えるだろう。
一方で、二人の作家には全く対照的な側面がある。
主題を直接的に描かず「痕跡」で鋭くテーマを示す共通の表現手法はハーモニーと成すが、しかし、二人を並列することで明確になる個性のコントラストを提示することが本展の狙いである。
本文ではまずは二人の作家のバックグラウンドをそれぞれのインタビューから引用して*1紹介した上で、それぞれの表現の違いに触れたい。
倉崎稜希
倉崎稜希は1995年、北九州市に生まれ、九州デザイナー学院を卒業した。
専門学校でイラストレーションやデザインを学び、いったんはイラストレーターとして世に出たことからも、そのキャリアは職業的な選択として始まったことが窺える。一方で、商業的なイラストとしては好んで使われない油彩を主なマテリアルとしたことからは、倉崎が美術、特に絵画に強く結びつきを持っていることがわかる。
最初期はイラストレーション的な表現で油彩画を描き、ある種「ありふれた」画家であった倉崎の転機になったのは、2017年11月から12月まで福岡アジア美術館で開催された「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」展を見たことだった。ASEAN10ヶ国から86名のアーティストが選定され、植民地化の歴史や、国家や市民としてのアイデンティティーといった問題意識が色濃く反映された*2同展は、イラストと芸術表現の間で迷いのあった倉崎に衝撃を与え、アートに対する考え方や物の見方を変え、実験的な表現をしようと決意させた。
同年9月、22歳になったばかりの倉崎が参加していたUNKNOWN ASIA Art Exchange Osaka 2017 では花と人物を描いた作品を出展し、絵の迫力が評価されるも*3大きく受賞に絡むことはなかった。だが翌2018年のUNKNOWN ASIAのために福岡で開催された事前ポートフォリオレビューでは、仕上がった絵画を焼くという今までとは全く違う手法の絵画を披露した。その折には、レビューを主催するDMOARTSで2019年の個展のオファーがされている。
倉崎独自のアイデンティティーや価値観、そして美意識に結びついた表現として炙り出されたテーマを一言で表すなら、「死生観」であろう。
それは少年時代のいくつかの経験が背景になっている。自身が生まれる前に、いとこが生後間もなく亡くなっていた。倉崎の母親はその子に「元気になってまた戻ってきてね」と願ったあとに懐妊した。誕生を喜んだ家族はいとこの名前から「希」の一字を取って稜希と名付け、常々「稜希は従兄弟の生まれ変わりだ」と言って育てた。人の命が当たり前のものではないことや、亡くなったあとにも残る記憶について、子どもだった倉崎がどう理解したかを想像させるエピソードだ。
一方で、中学・高校とで2回、自殺を目撃した際、周囲で野次馬的に騒いでいる人や写真を撮っている人の姿にショックを受けた。これは死を悲しみ、誕生を喜んだ家族の姿とは強いコントラストを成す出来事だった。無名の第三者たちの死生観の「軽さ」が痛烈に印象を残した。
目を燃やす「Blindness」シリーズは、死が見えていない「盲目」を示している。ぼんやりとしたセピア色の人物に対して、目がくり抜かれたように残る焼け跡は生々しく、鑑賞者をドキリとさせる。そのこと自体が死を対岸のものとして軽視するグロテスクさを表現している。画面を2つに分割した「Traces Of The Soul」シリーズは、画面上の空白に炎が残した煤が、「魂の痕跡」を表している。火は、たしかにそこにあった魂や弔いの心を象徴していて、Blindnessに比べて浄化の意味合いが強いものになっている。
何より、倉崎の作品全体には通底する美意識―神聖さと退廃と耽美―が備わっており、それが結実したのが本展でも発表する新シリーズである。2020年9月の発表時には「melt」と題されたこの半立体の作品群は、一見するとただ額装した絵画だが、額から画面にいたるまでの一部がタイトルの通り奇妙に融け出している。古い絵画から型を取り、蝋のような素材で再現されているため、さながら命のろうそくを燃やすように作品が火を灯し、その作り出した熱によって形を変えたものだ。
命を火になぞらえる手法はそのままに、時に否定できない強さを持つ「破壊されたものの蠱惑性」を味方にした倉崎の美学を、ストレートに堪能してほしい。
小谷くるみ
小谷くるみは1994年大阪府に生まれ、2019年京都造形芸術大学(現京都芸術大学)大学院を卒業した。
幼少期から所属していたボーイスカウトでは取り扱いの難しい道具の使い方を習い、山にある素材で様々なものを自作し、自然の中で遊ぶ野生児だったという。
野外活動では公園の奥の森の中に泊まることもあり、雨に降られてずぶ濡れになったことや夜闇を歩く怖さから、当たり前に自然への畏敬の念、そして目に見えない概念―オカルトへの興味を深めていった。スカウト活動で山を登る際には、後続の部隊に向けて残すサインを教わった。その環境にあるものだけを使って情報を伝え、また自然の中に人が手を加えた様子から意味を読み取ることを学んだ。
こういった環境での経験は、小谷が世界をどう捉え、作家性を形成していったか知る上で重要だろう。
また興味の幅の広さから彫刻など様々な技法を試したが、絞り込んで深く修めたい思いから絵画を志したという。表現方法が多種多様な現代では絵画表現に不向きなコンセプトもある。写真がこんなにも普及している時代描くことの意味は。そう考えるようになり、アウトプットが整理されていった。
制作してきた作品に共通するのは「痕跡」を描いてきたことであり、2018年、修士1年生で発表したのが「21g」と「錆」の2シリーズである。
「21g」は、伝統的な西洋美術を踏襲した「絵画を窓と規定する」表現だが、画面は窓の向こうの景色ではなくむしろその前に無機質に嵌められたガラスに焦点が合っている。鑑賞者は、結露に残る落書きをした跡によって「直前まで誰かがここにいた」ことを直感的に感じ取る。
「オカルトからヒントを得ている」という小谷の言葉に、ここでは少し解説を加えたい。小谷はオカルトを「人間特有の脳のバグ」と定義する。有史以前から科学の発展した現代に至るまで、人々は存在しないはずのものを「知覚し(たと信じ)」てしまう。さながらぼんやりと描かれた結露の向こうの風景のように、曖昧模糊としたものをこそ人は想像で補って「リアルなもの」と認知してしまう、歪み。そこにこそ、小谷の興味がある。
オカルトを切り口とするにあたり選び取ったのは、映像表現の中でも突出して緻密な画面を持ち、暗喩に満ちた「ホラー映画」だった。結露した窓だけで表現する何者かの気配、そしてその視覚的美しさ。そうしたエッセンスを取り入れて生まれたのが「21g」である。
緊張感の中に、無邪気で時に微笑ましい相合い傘やスマイルマークといった落書きが施されているのは、小谷らしいユーモアであり、ホラー映画の「怖さ」そのものがテーマではないことを示している。
それに比べ、作品として形にするのに比較的時間を要したのが「錆」と呼ばれるシリーズである。それは錆という自然に生じるものをマテリアルとしていることのほかに、より大きなテーマに言及しようとしている野心的な作品であるためだ。
同じ痕跡ではあっても、今なお議論が続く「人新世」―「人類が地球に残した跡」とも言うべき概念について、表現しようと試みている。これは、人間が地球に残した影響―農耕、工業、核など、何を起点とするかは諸説ある―を、地質時代として捉える新しい考え方だ。大気化学者パウル・クルッツェンが提唱した2000年から*4広く知られるようになった。
この作品では「鉄」という、人類が最初期から利用している金属に自然の作用である「錆」を発生させている。ともすれば人工と自然を切り離して考える現代人に、自身も地球という大きな存在の一部なのだと語りかけ、人間が遺してきた影響が確かに地学的に組み込まれている真実を指摘している。実際に作品と対峙したときの鉄と錆の重厚な物質感は、作家の野心を裏打ちするだけの説得力がある。
様々なモチーフ展開が期待される本シリーズだが、ひときわ目を引くのが造花を描いたものだろう。人間が模造した自然であり、絵の中ではまるで本物だが、確かに存在する違和感を探しながら、楽しんでいただきたい。
参照
*1 DMOARTSウェブサイト 倉崎稜希インタビュー 個展「Traces Of The Soul」/ 小谷くるみインタビュー そのテーマと背景
*2 UNKNOWN ASIA Art Exchange Osaka 2017 谷口純弘2017年度出展者全員レビュー
*3 サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで ギャラリートークレポート
*4 パウル・ヨーゼフ・クルッツェン/ユージーン・ストーマー「The Anthropocene」―「地球圏生物圏国際協同研究計画(IGBP)」会報41号 2000年掲載
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