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父とレイトショー
良い思い出がない中でなんとか捻り出してみる。
それが良い思い出かさえも分からないけれど、どうしてなのか私の頭の隅っこにある記憶。
そこは雨の降るオフィス街で早足のサラリーマンがたくさん居た。
日比谷だったのか新橋だったのか記憶は定かじゃないけれど、見える景色は背の高いビルとスーツ姿の人ばかりで子供の私には何だか大人の街に思えた。
父は相変わらず何の仕事についているのか分からないようなラフな格好で、小学校低学年だった私は手も繋がれず早足の父の傘からはみ出ないように必死に後を着いて行った。
単館上映のレイトショーを観に父に連れてかれたのだ。
その日どうして父と2人きりだったのかは覚えて居ない。
古く小さな映画館の中はおそらく40代後半から50代近くのおじさんと呼ばれるような中年男性しか居らず、
席もほとんど埋まっていなくて片手で数えられる人数が館内の四隅にパラパラと点在していた。
ポップコーンもコーラもなくなんとなく煙草の匂いがする薄暗い館内は小学生の私には居心地が悪かった。
きょろきょろしながら手持ち無沙汰な手足を遊ばせる小学生の私はおそらくその場所で浮いていただろう。
映画の内容はおそらく恋愛もので子供の教育に悪い大人なシーンが続いた。
小学生の私には何をしているのかは分からなかったけれど、それでも見ちゃいけないものを見ている気がしてなんだか気まずい想いを抱いたのを覚えている。
どんなストーリーだったか忘れてしまったがそれでも何故だろう、ラストシーンだけ大人になった今でも脳裏に焼き付いている。
20代に見えるセミロングの女性が1人海の中へと歩いていく。
彼女は泣いていて、ヤケになっているのか本当に死にたくて自殺をはかろうとしているのか分からない。
そんな彼女の後を若い短髪の男性が物凄い形相で追いかけていく。
離れた場所から彼女に追いつくように必死に海の中をもがき歩き続ける。
走ろうとしてもそこは荒波の海だからそんな事は出来ない。
なんとか追いついた男性は泣きじゃくる彼女の肩を掴み抱きしめようとする。
彼女は何度も抱きしめようとする彼の手を振り解こうと暴れ、そんな中大きな波が2人を殴る。
冷たそうで乱暴な波が、何度も何度も。
まるで2人を飲み込むかのように。
そこで映画は突然の終了。
その2人が波に飲まれて亡くなったのかその後も生活が続くのか恋が続くのか、どんな形になっていくのかも分からないまま。
帰り道も私は必死に父の傘からはみ出ないように早足でついて行き、俯きながら水溜まりに反射する都会のカラフルな灯りを見ていた。
父はどうしてその映画を見に行ったのだろう。
映画に出ていた海へと歩いていくその女優の事が好きだったのか、はたまたかつての恋人だったりしたのか。
大人になってから親戚に「貴方のお父さんは浮気者なのよ、貴方がお腹にいた頃にだって浮気していたんだから。」と聞かされた私のトラウマ、父との小さな思い出。