夏八木マキ

音楽と本とペンギン。

夏八木マキ

音楽と本とペンギン。

マガジン

最近の記事

恋とか愛とか

「恋なんて馬鹿にならなきゃやってらんないんだからね!」 友人が私にそう叫んだ。 私は誰と居てもいつもどこか冷静で、人生の中で本当の恋なんてした事がないんじゃないかと思った。 ベタなことを言うけれど、 恋をサイダーに例えるなら、愛はコーヒー。 サイダーに入る炭酸は長くは続かないけれど刺激的で甘ったるくて、コーヒーは苦くてそれにカフェインには中毒性がある。 恋を知る前に愛を知ってしまった人間はどうするのか。 愛というものは悲しみや諦めや憎しみの後にも存在出来る。 幼

    • 私の小さな幸せ

      秋の風が心を通り過ぎるとき、 私は私に「おかえり。」という気持ちになる。 忙しない日常の中で敢えて1人になって感じる孤独は自分自身を思いだす為の良い薬だ。 行きつけになりつつある人見知りの店員さんがやっている小さな喫茶店で紅茶と甘いものを頂いてお持ち帰りで焼き菓子を買った後、初めて入る古本屋さんに行った。 雑多に並ぶ沢山の本とレコード。 目移りしながら眺めていたら店の扉から名前の知らない小さな白い蝶々が入ってきて、床に重ねてある古い雑誌や漫画の上を昼間の温かい光を浴び

      • 君は友だち

        今年の後半は大人になってから久しぶりに友達が増えた年だった。 素直に嬉しい。 どうして友達が出来たのかは自分でも何となく分かっていて、私は以前の私よりもずっと取っ付きやすい人間になったからだと思う。 昔から子供やお年寄りとはすぐに仲良くなれたけれど、自分自身と同じ大人に対しては笑顔の下に鉄壁の心のガードというものを分厚く存在させてしまって、(傷つく事も傷つける事もとても怖くなってしまったから) 中々新しい友達というものが出来づらかった。 それでも自分の愚かさを無意識の

        • 傘の下で

          雨が降るといつも誰かしらが「あ〜あ、雨だよ。」と落胆の声を漏らす。 そんな声を耳の端で聞きながら、私は雨が降るといつも心のどこかで安心していた。 そんな安心の表情を感じ取ったのか目の前に居た年下の女の子に「雨は好きですか?嫌いですか?」と質問をされる。 私は咄嗟のことに社交辞令的な返事ができなくて、 「好きだよ。だって傘をさしていたら人の顔を見なくて済むし。」と普通の人が聞いたらぎょっとするような返事をしてしまった。 その子は目を丸くして、何でそんな暗いこと言うんですか

        マガジン

        • 小説
          4本

        記事

          - 天狗の子 -

          珈琲を淹れるガラスで出来たサイフォンが沸々と心地の良い小さな音を立てている。 小夏は店内にあるニセモノの金で出来ているであろう装飾過剰な裸のビーナスのオブジェ達を眺めていた。 雨のせいか客は誰も居らず、昭和のまま時が止まったような浮世離れした店内で、小夏はこの世から引き離されたまま時が止まってしまったような心寂しい気持ちになっていた。 龍音の"ヒーリング"を受けに来る客が女性の場合、指示された時にはマンションからほど近いこの喫茶店に度々来ていた。 女性の客は"ヒーリング"

          - 天狗の子 -

          _

          ・保護猫カフェの猫の挙動が不気味で、自分のようだと思った。甘えたいのに甘え方が分からない不思議な動き。 ・悪意のない人間が悪意のないまま人の噂話をしていて、そんな時だけ痛みを知っている事が誇りに思えた。悲しみは品位になる。 ・女好きな男の子の過去を知ってしまい、全て許したくなる自分の弱さ。 ・ぼろぼろの猫屋敷に住むおばあさん。 カーテンの隙間から見える彼女が描いたであろう美しい絵画のキャンバス。灰色の街に住む宝石。 ・ばらばらの記憶が繋がるとき、私は私をパッチワークみ

          父とレイトショー

          良い思い出がない中でなんとか捻り出してみる。 それが良い思い出かさえも分からないけれど、どうしてなのか私の頭の隅っこにある記憶。 そこは雨の降るオフィス街で早足のサラリーマンがたくさん居た。 日比谷だったのか新橋だったのか記憶は定かじゃないけれど、見える景色は背の高いビルとスーツ姿の人ばかりで子供の私には何だか大人の街に思えた。 父は相変わらず何の仕事についているのか分からないようなラフな格好で、小学校低学年だった私は手も繋がれず早足の父の傘からはみ出ないように必死に後を

          父とレイトショー

          _

          静かで美しいものが好き。 でもそれは"生"と反対にあるものだと感じる。 いつだってそっち側にいってしまうから、意図的に温かいものに触れなければいけない。 温かいものは気持ち悪い。気持ち悪くて予測できなくて五月蝿くて柔らかくて馬鹿みたいで愛しい。 月は自分自身が発光してる訳ではないらしい。 月は太陽の光を反射して光っているのだ。 だから私は太陽と居るべきである。 意図的に太陽と居るべきなのだ。 太陽は煩わしくて暑いけれどそれはそれは、 生きているのだ。

          喉の痛みと頭痛に即効

          風邪をひいてしまいしかも祝日で病院がやっていなかったのでドラッグストアに風邪薬を買いに行ったところおそらく大学生であろう女性店員さんがレジをしていて、喉の痛みと頭痛に即効!と書いてあるパブロンと経口補水液を出したらピピー!と役職が高そうな他の店員さんをブザーで呼ばれ、「最近オーバードーズが流行っているから他の店舗で大量購入とかしてない?大丈夫?身分証明書はある?」と聞かれた。高校生だと思われたらしい。物凄い体調不良でパジャマを着たままおさげ髪に丸眼鏡をして買いに行ったので一見

          喉の痛みと頭痛に即効

          私のおばあちゃん

          悲しい気持ちになったとき、酷い風邪を引いたとき、 自分自身にとって心が大きく揺れる出来事があったとき、 そんな時に見る夢は決まっていて建て替えられてしまった父方の祖母の家の寝室の布団で1人眠っている私を斜め前方に立つ祖母が見つめているという夢だ。 毎回必ず同じシチュエーションで同じ内容の夢。 祖母に関することでとても不思議な話がある。 祖母は私が幼い頃に癌で亡くなってしまったのだが、祖母の兄や親族に祖母が亡くなったのと同じ時刻に祖母の家に置きっぱなしだった携帯から着信があ

          私のおばあちゃん

          松本くん

          高校2年生の頃期末テストの前に松本くんが自殺した。 電車に飛び降りて亡くなったことは生徒たちの混乱を考えて期末テストが終わってしばらく経った後に伝えられた。 松本くんは同学年に4人しか居なかった文藝部の部員の1人で、毎日放課後部室でお互いに書き合った文章や小説をみんなでお菓子を食べながら読み合う仲だった。 仲が良い訳ではない。 それでも当時の私にとって彼はいつでも私の日常になんとなくいつもいる人だった。 眼鏡をかけボソボソと小さな声で話す人で松本くん以外の文藝部の部員

          母が倒れた

          母が倒れた。脳に腫瘍が発覚したらしい。 私は18歳の頃には実家を出てほぼ10年近く母とは会っていなかった。 正確に言えば10年の間で数回瞬間的に会った事はあったけれど、それは"会う"と言えないほど心の交差のない対面だった。 私は幼少期の写真を見て自分自身の顔を見ても「誰なんだろうこの子は」という感想が1番に沸く。 自分なのに自分だという感覚がないほどに幼少期の記憶が薄い。 それは両親に対しても同じで、幼い頃の私を育てた両親の顔を見ても誰なんだこの人たちは。若いなあ。そ

          -天狗の子-

          繁華街の片隅にその小さなライブハウスはあった。 隣には片手で数えられる人数しか入らないようなバーがあって、お酒を片手に店前の路上に座り込む客をピンク色のネオンが照らしていた。 バーに隣接するライブハウスの階段が地下へと続き重低音が外まで響いている。 全身真っ黒な少年、シンプルな白いワンピースの少女、耳も顔もピアスだらけの男性、いわゆる一般的なオフィスワーカーに見えるスーツの女性、 ライブのお客の服装は一人一人バラバラでどんなジャンルのバンドがステージに立つのか小夏には

          -龍の子-

          「カルマを浄化し、覚醒をしましょう。本当の貴方の人生が始まります。」 ソファに座った50代前後に見えるそのおばさんは目を閉じて両手を男の前にかざした。 龍の力でカルマを浄化させるというその男はクライアントのおばさんから過去の人生経験やトラウマ、旦那の愚痴からペットの様子など様々な事を聞いたあと「ヒーリングを始めた。 脇で見ていた小夏にはその2人が旦那と子供に相手にされない暇を持て余した中年の主婦と胡散臭い詐欺師の男にしか見えなかった。 しかし男が両手をがさしボソボソと何

          -出会い-

          背の高い街灯は終わりもなくどこまでも続いてるかのようにチカチカとオレンジ色に光っていた。 平日にも関わらず猛スピードで絶えず走る車達を横目に、小夏は東名高速横の細道を歩いてゆく。 寒さと歩き続けた疲労から、生足ミニスカートにルーズソックスを履いた小夏の脚は青紫色に染まり膝から下の感覚はなかった。 さっき駅のトイレで多量摂取した安定剤が効いてきたのか頭がぼうっとしいま自分がどこに立って居るのかさえ分からなくなっていた。寒い。 指の先は氷のように冷たかった。 もう3月の頭

          _

          神様がもし居るなら今までの苦しみぜんぶ抱きしめるから、 私にも、私の人生に関わったたくさんの人にも、 人数分のそれぞれの幸せが訪れますように。