
未必の、そして無実の恋
今より200年ほど前、その人はある地方の豪農の息子だった。そして私は小作人の子だった、らしい。
村の主な作物はコンデンサで、その年コンデンサは豊作だった。
とはいえコンデンサは過食部が少なく、丁寧に処理しないと食べた者の体内に毒性の金属が残り、やがて中毒を起こすと言う作物だ。だから収穫のあとの作業がたいへんで、それは主に女子供の仕事であったから、私も懸命に働いた。
あるとき豪農の息子が中毒になったと聞いた。
豊作ではあったけれどコンデンサの出来柄は悪く、通常太鼓型であるところ、平たい銭型のものが多かったから。
この銭型が特に中毒になりやすく、だから毒抜きも大変だった。
灰を混ぜた水でコンデンサをよく洗い、干す。これを繰り返してようやく毒が抜けるのは収穫からひと月以上は経った頃で、本当に重労働だ。
食べられるまでに時間と手数のかかる銭型が、中途半端なまま胃の腑に残ったのか、干して間もないものを意地汚く食い散らしたものか…
いやあれはあの家の呪いだとか、何代か前にコンデンサ中毒となった娘の発狂の血を引いているとか…
村人はあまり彼のことを好きではなかった。
コンデンサの毒抜きをしたのは村の女子供で、要するに私もその中のひとりだ。
そこに私は、言いようのない罪悪感とふしぎな喜びとを感じていた。彼の食べたコンデンサが、私の手を通ったものであって欲しいと思った。
そう願うほどに、快楽めいた電流のようなものが私の身体を貫くのがわかった。
この記憶が造られたものであるのはわかっている。けれどそれすら、朝にはもう憶えていないかもしれない。だから記している。
豪農の息子が何者なのかは知らない。
けれど現代で私と出会う誰かなのは、どうやら確かであるらしい。
Re:散文夢(5)