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愛、LOVE、タバコ。

私はもう長年の愛煙家である。

何よりも大好きな時間は、タバコタイムだ。


ちなみに、私の両親も愛煙家だった。

両親共に、お酒は飲んでいるのを見たことがない。

一滴も飲めないくらい弱いのだ。


だが、テーブルの上には必ず灰皿とPeaceのタバコが置かれていて、二人してヘビースモーカーだった。



そんな環境で育った私だが、小学生の頃はタバコの匂いが大嫌いでたまらなかった。

「タバコなんて臭いだけだから辞めた方がいいよ!」

と言い続けていた私が両親と同じく愛煙家になったのだから、血は争えないとはよく言ったもんだ。

とは言え、同じ環境で育った妹は生涯一度も喫煙したことがない嫌煙家である。



吸い始めはひとりで。

喫煙開始は、高校1年生の夏。

バイトの帰り道に、自販機で買ったのがきっかけだ。


当時はタスポも年齢確認も一切必要がなく、未成年でも余裕で買える時代だった。

今の若者は喫煙率が低下しているというが、どうしても吸いたい人にとっては大変な時代だな、と思う(決して推奨しているわけではない)。


だいたいみんな、はじめのきっかけは「友人が吸っていたからノリで」と言うけれど、私は一人で吸い始めた。

なんとなく、ほんとになんとなく吸いたくなって買ってみたのだ。

当時は確か、一箱250円程度で買えたと思う。


母は過保護で、とても厳しい人だった。

小学6年生の時に父が他界し、母ひとりで父の役割もしなきゃと自分を奮い立たせていたのだと今となってはわかる。


当時相当な反抗期で、母の言葉をすべて否定していたような私だったが、同時に母に心配をかけたくなかったのも事実である。



よって、とにかくタバコを吸っているのがバレないように厳重に隠した。

母がスモーカーだったので、匂いでバレることは避けられたと思う。


常にタバコを持ち歩いていたが、コスメが入っているように見える化粧ポーチに入れていた。

家では、密閉できる缶をクローゼットの奥の方に隠していた。

家の中で吸ったらさすがにバレるので、母と妹が寝静まった夜中にバルコニーで一人きりのタバコタイムが至福の時だった。


あったかい上着を着込み、冬の寒空の下で澄み切った星空を見上げ、煙だか白い息だかわからないものをスーッと吹き上げるのが大好きでたまらなかった。


むやみにタバコの空き箱は捨てられないので、ショッパーに詰め込みクローゼットの奥に隠しておき、大量にたまったら大掃除に見せかけて単独で燃えるゴミの袋を作り縛って出す。



今では信じられない話だが、バイト先の人(高校生も大人も)もみんな吸っていたので、休憩室ではほぼ全員が吸っている煙がモクモク立ち込めて、常に白い空間だった。

未成年の喫煙について厳しく指導しなきゃいけないガイドラインやコンプラも、今よりはるかに緩かったのである。

それなりにストレスの溜まる接客業の中、喫煙者がたくさんいて心底安心していたのだった。



目指せ、品のあるスモーカー。


私は、品性のない見た目だけにはなりたくないというこだわりがあった。


田舎だったので、基本的にタバコを吸っている未成年は所謂ヤンキーと呼ばれる子たちが多かった。

女子でもミニスカートで股を大きく開いて路上やコンビニに屯するような、下品で女を捨てたような振る舞いだけは絶対にしたくない。

タバコを吸っているからといって、それだけで「ガラが悪い」と言われることだけはご勘弁だ。

私は、タバコが大好きなのだ。


オードリーヘップバーンを思い出してほしい。

”ティファニーで朝食を”で喫煙シーンがあるが、まさにあれが私の理想像である。

あんなにエレガントで上品に喫煙する人だっているのだ。

私はそういう風になりたいと、密かに憧れていたのだった。



タバコ仲間とイエローフラグ

バイト仲間でもありクラスメイトでもあるMも、そのうちタバコを吸うようになった。

Mは黒髪ショートカットがとても似合う、目鼻立ちがはっきりしている美人で真面目な雰囲気の女子だった。

タバコ仲間の称号も加わり、私たちは学校でもバイト先でも一緒にいるようになった。


私たちの会話はいつも「生きるって、何?」だった。

高校生特有といえばそうかも知れないが、人生に希望が見出せずに常にグレーな世界の話を、二人で煙を吐きながら語っていた気がする。



金曜日の夜や休日は、バイト先からほど近い彼女の家に泊まりに行くことが増えた。

彼女は私と同じく母子家庭で、お母さんが遅くまで働いており留守にしがちなお家だったのだ。

夜中にコインランドリーのベンチで他愛もない話をしたり、早朝に自転車で結構遠くまで行き朝日を拝み、そのすべての時間にタバコを吸っていた。

運良く、誰にもタバコを吸っているところを見つかったことがなかったのである。


ある日の夜中、二人で外にいる時に”深夜徘徊”ということで警察に止められ、バッグの中のタバコがバレた時には終わった、と思った。

警察官に、母親に連絡されそうになった時は、二人して

「お母さんが悲しむから電話しないでほしい、もう深夜に出歩かないから。」

と訴え、私たちへの注意だけで済ませてもらったのだった。


そのご厚意が、警告のイエローフラグだったのかもしれない。



スモーカーの集う個室

喫煙が日々の習慣となり、バイト先の休憩室に留まらず、私たちは学校のトイレでも喫煙するようになった。


実は、どのクラスにも何人かは喫煙者がいたのである。

今の時代では到底考えられないような学校生活だなと改めて思う。

休憩時間には、トイレがタバコの煙で一気に白くなる。

普通に学校生活を送っている生徒には大変迷惑な話で、書きながら申し訳なくなってきた。


逆に言うと、あれだけ煙が充満しているので誰が吸っているかわからないのだ。

私とMと、もう一人の友だちKと3人で個室に入り、タバコを吸いながら談笑するのが休憩時間の過ごし方だった。

ちなみにKは喫煙していなかったが、お父さんが喫煙者で煙は慣れっ子だったらしい。


あまりにもタバコの匂いがするので、いつしか先生たちはトイレを警戒し始めた。

時たまトイレを見回りに来ていたが、誰も決定的な現行犯として捕まることはなかった。

特に私たちは、茶髪でも金髪でもなくヤンキーでもない、おそらくごく普通の見た目だったので、先生たちのマークも外れていたのだった。



遂にバレる時がきた

ある日、いつものように3人でいて、Kが先に個室を出ようとした。

すると、にゅっと大人の手が伸びてきて、Kが連れて行かれたのだ。


咄嗟にMがバタンと鍵を閉めた。

おそらく、しばらく前から扉の前で先生が待ち構えていたのだろう。


「もうわかっているから、早く出てきなさい」


先生の声が、扉の向こうから私たちに語りかけてくる。

もう逃げようのない状況だ。

Mと私は覚悟を決め、鍵を開けて出ていった。



早速その先生は、私たちの手の匂いを嗅いだ。

「わ!タバコ臭い!」

そりゃそうだ、30秒前まで吸ってたんだから。


女性教師の立場をいいことに私たちの身体検査をしようとしたが、Mがその手をパシッと手を振り払い「触らないで」と主張した。


もちろん、タバコもライターも捨てておらずポケットの中にある。


Kが先に連れて行かれたこの状況では、きっともう吐いているだろうし無理だろうと思ったのだ。



私たちは、生徒指導室に連れて行かれた。

最初に連れ出されたKはすでに生徒指導の先生と話した後で、別室に隔離されていた。


熊みたいに背が高く体格もいい、強面の体育教師が生徒指導担当だ。

彼は色々な質問をしてきたが、私たちは一切答えずに黙秘権を行使した(そんなものあるのか)。

質問をされ続けているが、一向に埒が明かない。



生徒指導室で生まれた友情

しばらく時間が流れた後、体育教師は言った。


「もう、Kを楽にしてやれ。」



は?意味がわからない。


「さっきからずっとKに、あの二人が吸ったのかと聞いてみても、『二人は吸っていません、吸っているのを見たこともありません。』としか言わんのや。」


なんと彼女は、自分と私たち二人を守るために嘘を貫き通したのだそうだ。


さっき別の先生にトイレで煙も見られているし匂いもかがれていて、明らかに私たちが喫煙したとわかっているはずだ。


それに、Kは実際喫煙していないのだから、

「私は吸っていません。あの二人が吸いました。」

が事実だし、Kが言うべき台詞はこの一択のはずだ。

私もMも、Kがそう言ったからと言って何も悪く思わないし寧ろそうしてほしいと思ったくらいだ。



まさかKが私たちも庇ってくれようとしているなんて思いもしなかったので、私は心底驚いた。


これを聞き、もうここが限界と感じた私は、ポケットのタバコとライターを体育教師に差し出した。

Mも続けてそうした。



「パーラメントか、渋いの吸ってるな。」


Mは、いつもパーラメントだった。

二人で色んな銘柄を試していたが、Mはこの吸口のくぼみと味が大好きだった。



「今まで色々見てきたけど、今日先生は感動したんや。

あの状況になって、あれだけ口を割らん奴はそうなかなかおらん。

普通は言い逃れしようとするもんや。

良い友だちを持ったな、一生大事にしぃや。」

と、その体育教師は少し微笑みながら私たち二人に告げた。




Kは150cmほどの小柄な女子で、校則も破らず一度も遅刻をしたことのない子だった。

一人きりで慣れない生徒指導室に連れて行かれ、熊のような大柄の体育教師を目の前にして守ってくれたのだ。

ちなみに、20年経った今でも彼女は友だちだ。



母に告げる。

それから私とMは、1週間程度の自宅謹慎となった。


担任の先生が母の気持ちを考慮してくれて、先生から電話で告げられる前に、私の口からまず伝えるのがいいだろうという事になったのだ。



生徒指導室からの帰り道の公園で、私とMはシーソーをしながら最後の一服をした。

二人とも妙に肝が座っているところがあり、やたらと冷静だったのを覚えている。

秋空が広がり、少し哀愁の漂う雲の多い午後だった。



私は帰って、母にタバコを吸っていること、それが学校にバレて謹慎になったことを告げた。

相当動揺した母は、

「謹慎になって箔が付いたつもりか!!!」

などと怒りを顕にした。


そんなつもりはさらさらない。

私は、タバコを吸うのが好きなだけなのだ。


それを聞いていた妹が

「実は私、気付いてたんよ!!」

と何故か泣き出した記憶が一番強い。



翌日、私たち3人は親と一緒に学校に呼び出された。


人は見かけによらないというが、まさに私たちがいい例かもしれない。

まさか私たちのグループが、親と一緒にタバコで指導を受けるなんて誰も思っていなかったと思うのだ。

まったく事実無根のKと親御さんが、とてもお気の毒だった。



”母子家庭”

Kから、とても悲しい話を聞かされた。


教頭との面談の時、彼が

「あの二人は母子家庭だから。」

と言ったそうだ。

彼女は怒りを顕にして私に知らせてくれた。


そもそも、教頭という立場でありながら、いや、一人の大人として、言っていいことと悪いことの分別がつかないことに失望したのだ。



母子家庭だからって、何だ?

どういう意味だ、どういうつもりだ?


好き好んで母子家庭になっている人なんてほとんどいない。

みんなそれぞれ事情があって、選ばざるを得なくてそうなってるんだ。



うちは死別だ。

この世で最愛の伴侶を亡くす絶望なんて、誰が味わいたいと思う?


細い体で、父親役も一人で引き受けて、私たち姉妹を守ってくれるために色んなものと闘っている母の苦労なんて、こんな呆れた一言が平気で放てるこいつにわかるはずがないし、人の上になど立たないでほしい。


この教頭の一言を間接的に聞いて、初めて母親に本当に申し訳ないことをしたと心底反省した。



リベンジ。

謹慎中、与えられた課題をこなしながら決意した。


「見返してやる。」



Kから聞いたあの一言がどうしても許せなかった私は、その怒りをリベンジへ燃やし始めた。


私はもともと勉強は得意で優秀だったのだが、父の死後色んなことが変化してから精神的に不安定な状態が続き、不登校だったりと勉強に全く興味がなくなってしまったのだ。


もちろん成績は坂を転がるように落ち、中学に入学してしばらくは学年でトップ5以内程度だったのが、いつの間にか半分以下が当たり前になっていた。

高校生になっても精神的に不安定な状態が続き、勉強に熱が入ることはなかった。


あの一言で母を侮辱されたと感じた私は、ステレオタイプの人間には数字で結果を出すのが一番効果的で見返せる、と思ったのだ。



この直後にアルバイトも辞め、勉強に集中した。


久しぶりに勉強に精を出したあの期間、他のことを考えずとても気持ちが良かったのを覚えている。


短期間での努力が実を結び、直後のテストの順位は1位を取った。

目まぐるしい変化に担任にも驚かれ、見直したと言ってもらえた。


「教頭先生にもよろしく伝えてください。」

と、皮肉を込めて笑顔で伝えた。



それから卒業までずっと、1〜2位の間をキープし続けたのだった。


母よ、私にできることはやったつもりだ。

本当にごめん。



タバコを愛して生きる。


結局、あれからもタバコが大好きで吸い続けている。


タバコは嗜好品であり、個人の自由だ。

ルールが法律で定められている以上未成年の喫煙は褒められたものじゃないし、私の経験上なるべく喫煙の習慣はない方が楽だと思う。


日本では喫煙所を探すのに本当に苦労するし、ニコチンゾンビになって喫煙所ハントする羽目になる。

多額の税金を国に納めながら、あんな狭い箱の中で喫煙させられてたまったもんじゃない。

あれは喫煙者でも地獄空間だし、立って早々と吸わなければならないなんてただの”摂取”であって”嗜好”ではないのだ。


その点海外、特にヨーロッパの国々は喫煙に寛容で開放的だ。

特にギリシャやイタリアなんかの地中海地域は、テラス席には必ず灰皿が置かれている。

屋内はNGだが、屋外なら基本的にどこで吸ってもOKだ。

私が今住んでいるロンドンも、そこらじゅうに灰皿付きのゴミ箱が設置されていて、喫煙の厳しいルールなどはない。

おかげで、何のストレスもなく愛煙ライフを送っている。


とはいえ、タバコの一箱の値段は日本円で約3500〜4000円程度。

2年前から比べても、みるみる内に値上がりした。

さすがに高額すぎるので、自分で1本1本葉を巻いて作るタイプに切り替えた(それでも30gで同じくらいの値段だ)。


こちらでも電子タバコが普及しているし試したこともあるが、私は断然紙巻きタバコ派だ。

こちらのはニコチン入りのリキッドタイプが多いが、それでも電子タバコでは満たされないのだ。


今まで訪れた国の中で、唯一アメリカと日本だけは喫煙にとても厳しい国だった。

日本とアメリカの関係と同じくらい、ヨーロッパ諸国からの影響が強かったとしたら、日本はもっと喫煙に寛容だったのかもしれないなと思う。

屋外の空の下でタバコを吸ったほうが絶対に満足度も高いし、服に匂いがつかないし、開放感もあるのだが。



私はきっとこれからもずっと、タバコが大好きだ。

タバコを吸いながら考えたり、逆に頭をからっぽにしたり。

喫煙者の方が、自分と向き合っている時間が長いと思うのは私だけだろうか。


女性の喫煙が嫌われていた世の風潮があったし今もそれは存在するのだろうけれど、私は男に生まれようがなんだろうが、愛煙家だっただろうと思う。


必要があった時に、人生で2回ほど禁煙を試みたが、やはり好きなものはどうやったって好きなのだ。


もちろん子どもの前や非喫煙者の前で吸うことはないし、日本では所定の場所以外で吸うこともしない。

常に歯ブラシセットは持ち歩き、食事後と人に会う前は必ず歯磨きをしていた。

今でも、ミントのタブレットを必ず持ち歩く。



海外で一番驚いたのは、携帯灰皿を持ち歩いているのを褒められること。

私は最低限のマナーだと思うのだが、海外はポイ捨て上等文化なので、目をキラキラさせながら「なんてラブリーなの!」と非喫煙者に幾度となく褒められてきた。


ポイ捨てなんてありえない。

自分が出したゴミで道端を汚すなんて、そんな無礼なことを平気で出来る人間にはなりたくない。

オードリーのようなエレガントさが身に付いたと言えるかどうかはさておき、下品さはこれからも望まない。


当たり前のマナーを守り、これからもタバコを愛して人生を楽しみたい。

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