人間の力を信じるデザイン
あるデザイナーが、こんな話をしていました。
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「お年寄りのためのコップをデザインしてくれと言われた時に、皆さんならどんなデザインにしますか?
握力が弱いから、軽いコップ?
握りやすいように、取っ手のついたコップ?
滑らないような、凹凸のあるコップ?
私がデザインするコップは、重いコップです。
加齢とともにだんだんと弱まってくる握力を、少しずつ鍛えることのできる、ダンベルコップです。
デザインとは、目先の問題を解決するのではなく、その根本にある問題に目を向けて、解決するのです。」
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私はこの話を聞いたときに、良いデザインとは、良いものづくりとは、
「人間の力を信じる」ことなのではないか、と感じました。
近年、私たちの身の回りは素敵なサービスであふれています。
とても”便利”なものが多いです。
この先もっとテクノロジーが進んだら、
注文しなくても、残量を検知して勝手にものが届く。
ネットで検索しなくても、脳に浮かんだ疑問に対する答えの情報が目の前に現れる。
ご飯はワンクリックで、目の前のフードプリンタで出力される。
遠くまで行かなくても、VRですぐそこまで行ける。
これが当たり前になる。
でもこのような、便利なもの、人間を助けすぎるものって、
人間は進化しているようで、実は退化しているとも言えるのではないでしょうか。
コップの話に戻します。
握力の弱いお年寄りのために作られたコップは、目の前の問題を解決し、楽々持ち上げられることに喜びを感じるでしょう。
でも握力の衰えはどんどん進行し、最終的には何も持てなくなってしまいます。
持てなくなったら、ロボットアームを装着すれば解決するのかもしれません。
でもこれって、その人にとって本当に「良いもの」なんでしょうか。
一方、少し重いダンベルコップは、目先では全く不便なものかもしれません。
でも使い続けているうちに、少しでも握力が回復して、今まで持てなかったお気に入りの茶碗が持てるようになった。
「自分でできる」ようになった。
そうなった方が、その人はよっぽど幸せを感じるのではないでしょうか。
その人の感性=こころは豊かになるのではないでしょうか。
もちろん、便利なものが悪いものだとは思いません。
便利なものが世の中にたくさん出てきたおかげで、趣味の時間に割り当てることもできるようになったし、家族との時間をもっと持てるようになった。
素敵なことだと思います。
私が心に留めたいのは、
便利なものは良いものである。便利が生活を豊かにする。
必ずしもそうではない、ということです。
また最近、便利が高じて、今までだったらあったはずの素敵な出会いや感覚が失われていると思います。
例えば本を買うこと一つでも。
今までだったらわざわざ本屋に出向き、
本屋の空間に包まれ、
たまに思いも寄らない素敵な本との出会いがあったり、
順位づけされていない本棚から自分の興味の惹かれるままに選ぶことができます。
しかし今は、便利(=ここでは主に時短)なものが生まれ、
本一冊を手に入れる時間は短縮されていますが、
そこにあったはずの「自分の心と本が出会い、共鳴する瞬間」が削がれているような気がします。
人間はもっと、
本当は自分の頭で考えたり、動いたりできる。
本当はもっと心で感じたり、他人と共に生き、自然と共に生きることができる。
自分でできることの達成感、考えることの面白さ、感じることの楽しさ、誰かと共有することの喜び。
私がつくりたいものは、そういう
人間の感性や想像力、能力を大切にし、それを引き出すものづくりです。
「良い」の定義なんて正直何かわからないし、正解もないと思います。
豊かさや幸福感も人それぞれだと思います。
でも常に、人の喜びって?ワクワク感って?達成感って?感動って?
泣いているのに嬉しいとか、苦しくて大変なのに楽しいとか、可愛くないのに愛くるしいとか、そんな人間の不可解なところも含めて全部、
もっともっと、人間に、感性に向き合いたいと思います。
私の尊敬するデザイナーは、脳科学や身体感覚についても詳しかったです。
真剣に、人間と向き合ってきた人なのではないかなと思います。
人間とはなんなのか、なぜ人間は人間になれたか、人間とそのほかの関わり合い、五感を超えた第六感、脳の仕組み、体の仕組み…
そんなことをこれからもっと学んでいきます。
そして、
自分の知らなかった自分の能力に出会う、感覚に出会う、未知の世界に出会う。
目の前の問題を魔法のようにすべて解決してしまう、便利なモノづくりではなく、たとえ不便だったとしても、
感性=こころが本当に喜ぶものはなにかを問い、
人間の持つ力や感覚を信じて向き合い、感動を与えるものづくりを。
私はその人に、好きな茶碗が自分で持てる時間を、少しでも長くしてあげられるようなものづくりがしたいです。
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