【だいすきなnote紹介01】古性のちさんの語るラオスは、目の前の時間を生きた数日間を思い出させてくれた。
ずっとnoteを読むのがすきだったけれど、noteを読んだあとの「こんな考え方もあった!」「なんだか心がほっこりした」「言葉でうまく言い表せないけれど、心に引っかかっているこの感情なんだろう......」「あの時は確かに私はこう考えていたけど、今は考え方変わったな」など、いろんな感情や思考が湧き出てくるようになって、この気持ちを少しでも誰かとシェアしたいと思い、発信することにした。
発信するといっても、まずは何から書き始めていいかわからなかったので、最初は私のすきなnote達を紹介していきたいと思う。
まず今回のnoteはこちら。
古性のち さんのラオス・ルアンパバーン旅日記。
沢山の長い宛名の無い、ラブレターを綴ってみたけれど、何だかどれもしっくり来ない。だからひたすらに写真を並べてみることにした。
「上手く撮る」はなかなかに、まだまだ、難しいけれど。
それでも私はシャッターを切らずにいられない。
この街を、愛してる。
冒頭に愛のある言葉が並び、ルアンパバーンの日常を切り取った写真がいくつも並ぶのだけれど、その写真がまたどれも温かくて落ち着くのだ。
ひとつひとつは、切り取った1枚の写真なんだけれども、その写真が呼吸しているかのような、そこに体温すら感じるような独特のあたたかさがある。ぜひ、元のnoteの写真達をみて欲しいと思う。
そして、このラオスのルアンパバーンという場所。私も去年の夏行ったのだが、空港に降り立った瞬間に、
「あ、ここすきかもしれない。」
と思わせる何かがあった。
毎日何をするでもなく、ただゆったりと流れる川を眺めて、言葉は通じなくても満面の笑みで接してくれる小さなごはん屋さんでお腹いっぱい食べ、日が沈んだら寝て、朝ニワトリの鳴き声とともに起きるそんな毎日。
その時は、バックパッカーとして、せわしなく移動していた旅だったのだが、ラオスだけはまるで時が止まったかのような、そんな時間だった。
東京で、Googleカレンダーと睨めっこしながら、数分おきの電車に間に合わせるために駆け足で乗り換えて、、、としていた生活がまったく信じられないくらい、
今、その瞬間、五感すべてを働かせながら過ごした数日間だった。
必ず、また戻ってきたい場所。そう思わせてくれたラオスの旅。
そしてそれを思い出させてくれたのが、今回の古性のちさんのnoteだった。
最後に、今回紹介したnoteの中でも一番だいすきなこの言葉を借りて、終わりにしたい。
「ラオスにいったい何があるというのですか」
そう、ラオスには何もない。
コンビニもない。
娯楽施設もない。
ショッピングモールも、便利な乗り物も何もありはしない。
あるのは、溢れる程の愛しさと、泣きたい程の暖かさと、私達が失ってしまった、あるいは失いかけている、地球と人とが共存し慈しみ合い生きる、文化だけなのだ。
夕陽が川へと帰っていくのを見届けながら、気づけば、泣いていた。