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彼女とわたしのリエゾン
彼女のほうではわたしをどう思っていたのか、それは目に見えるうちのほんの少しだけしか汲み取ることが出来ない。だから、これはわたしのまったく独り善がりなお話になる。
乳がん、全摘手術で入院した時のことだ。
入院の事前書類の中には、研修医を携わらせてよいかどうかの同意書があるのだが、これを前にわたしは考え倦ねてしまった。
わたしの家族には、誤診により本来不要な手術を受けたことで、身体に傷を残した人がいる。一方、誤診は仕方ない部分があるのもわかる。
でもやはりそのせいだろうか、わたしが呑気であっけらかんとしているのと対称的に、母は医療従事者に対して少しナーバスなところがあるのだ。
勿論、研修医が医学を修めていることも、資格があることも母は承知している。余談だが、標準治療への理解も頗る良い。
どんな職業であれ、OJTで経験を積むことは大切だ。それは経験上よくわかっている。
でもきっと、娘のわたしのことだ、母は色々と思い出しては考えてしまうだろう。現に、形成外科が若い医師と聞いて心なしか動揺している。ほら、大丈夫かしら、なんて言い出した。
大丈夫だよ、みんな資格を持っているのだから。プロに対して失礼になってしまうよ。・・・・・・それにほら、あの時の先生は別に若手ではなく、外科部長だったでしょう。若手だからどうのこうのではないよ。
とはいえ、やはり家族だから気を遣ってあげたい気持ちも、ある。
ああこれは悪いような気がするなあ、と思いつつ、結局「同席のみ○」にさせていただいた。
そして、入院。
わたしのもとにやってきた病棟看護師のSさんは、ひと目でわかる新人のマークをつけていた。女優さんに似た、可愛らしい人だった。
──看護師さんならば、患者家族への挨拶も特にはしないし、大丈夫かな。
同意書の件ではちょっと後ろめたさを感じていたので、貢献させて貰えるのはむしろ好都合というか、有り難い面もあったのだ。
新人さんは他にも数人見掛けたが、Sさんは特によくわたしを担当してくれた。
新人だけに、点滴の針はなかなか入らない。患側の腕は処置禁止なので、反対側しか使えない。
だが、そちらは生憎血管が見えにくい方なのだ。
駆血帯を絞めたまま暫し考え込んでしまうので、ギリギリと絞まる腕が正直痛い。
「うーん。腕が痛いから、一旦ちょっと緩めてもらっていい?」
「えっ・・・・・・あーすみません!痛かったですよね!」
「平気平気、たいしたことないよ。ゆっくりでいいよ。」
なるべく緊張しないように。畏縮してしまわないように。仕事のやりやすさを考えるとき、いつもそうするように場をつくろう。そう思った。
そうすることでミスが減れば、わたしの痛さも減るし彼女の自信にもつながる。懐かしい言葉で言えばwin-winだ。
「ああ、なつめさんすみません!わたしが代わります!」
すっ飛んできたベテランを前に、申し訳ないような悲しいような顔。でも眼差しは真剣そのものだ。
そう、なかなか上手くいかないけれど、彼女はいつも一所懸命だった。
そんなある日、洗髪介助をしていただくことになった。髪がべたつくのは本当に嫌なものだ。
介助はSさん。正直、このべたつきが取れれば御の字かなあ、などと思っていた。
そうしたらこれが頗る上手いのだ。病院ではなく美容院かと思った。そんなベタすぎることを考えついてしまうくらい丁寧で、ムラがない。
・・・・・・すいませんでした。恐れ入りました。
あまりに気持ち良かったので思わずほめちぎったら、ありがとうございます、と呟く彼女の目にうっすら涙が浮かんだ。
あっ。わかるわ、それ。
ちょっと思い出した。自分がもっともっと必死だった時のことを。朝も夜もなく働いて、あまりの目まぐるしさにヒイヒイ言っていたあの頃を。
嬉しいんだよね、ほめられると。
何せ自分が一番新米で、みんながとても遠くに見えて。走れば走るほど遠くなるような気がした。止まったらいけない、もっと頑張れる、そう思って空回りばかりしていたあの頃。
つらかったんだろうな、と思った。重くならないように、ささやかに励ました。
それは多分、あの時わたしがいちばん欲しかったもの。
わたしも今、がん患者の初心者だ。再建手術は続き、インプラントの入れ替えはおよそ10年ごとに繰り返す。経過観察も続いていく。
誰でも最初は初心者で、わたしもがん患者の初心者。つまり初心者はお互い様なのだ。
ベッドで思うように動くのが難しい術後を支えてくださる人は、みんなプロだ。そのプロも、日々学びを重ねながら歩んでいくのだろう。
怒鳴る患者さんや、ゴネる患者さんがいるのも知っている。夜中に呼びつける罵声も、寝つけないと泣く声も聞いた。
ストレスから焦ったり、辛くなることも多いかも知れない。
有り難かった。場をととのえていたようで、逆に多くのことを学ばせていただいたような気がする。
「なつめさん、退院はいつ頃なんですか?」
「火曜日くらいに退院かもって言われたの。」
「火曜・・・・・・えっ、昨日?」
「昨日ならもういないでしょーう?」
「あっ・・・・・・ほんとだ!」
機嫌良く過ごさせて貰った。
一所懸命な姿や笑顔があったからこそ、ハプニングも面白く過ごせたのだと思う。心から感謝している。
いつか彼女も、「わたしも、新人の頃いっぱい刺しちゃったことがあったのよね」なんて言うのかな。
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本稿は「医療マンガ大賞」エピソード応募ツイートの内容を加筆・補完したものです。
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