無敵の歌うたい 小野雄大「超無敵バイブス」ツアー
心の中に、謎のレセプターがある。
小野雄大の生歌を聴くと、不思議とどうしても泣いてしまうのだ。まるで全身麻酔のように、たちどころに覿面に効く。過去全敗、こんなことは今までなかった。
下北沢駅から商店街を抜けて、BASEMENT BARへ。冬晴れ、少し空気がつめたい。
「超無敵バイブス」と名付けられたツアーの初日。バンドセット。
近頃はホール公演ばかりでライブハウスから遠のきがちだったのもあり、階下に降りてゆく足取りに注意を払う。少しの緊張をおぼえる。
※ここから先は当日のセトリを含みます。
新アルバムからパンチのある「YOU&I」でスタート。いきなり涙が出てしまう。流石に泣きのテンポではないだろう、チョロ子か。
ああ、でも多分これわたしにとってヒーリングなんだわ。パアンと弾けるような声に、心のピントがあっという間に合っていく。
能登震災をきっかけに生まれた「miracle」は無尽蔵の肯定感に溢れ、つらさやかなしみを含む中にも小さな奇跡の連続である日常をやわらかくすくい上げる。思考停止の全肯定ではなく、酸いも甘いも眼差した上での存在の全肯定。そこには比較がなく、ただただありのままに。
空気をぷるぷると震わせながらほぐしていく、遠赤外線のような歌。熱量を至近距離で浴びる。
300枚限定の名盤「あこがれGOLDEN」に収録されていた「ラブモーション」は、ライブが本当に楽しい楽曲。
ミラーリングしながら会場がぐんぐん一体化していくさま、はちゃめちゃなステップ、何よりステージの誰もがとてつもなく幸せな笑顔をしている。伝播していくのではなく、開かれた感情同士がはちきれんばかりに音を介して交信しているかのよう。
MCをはさんでしっとりとメロウな「さざなみ」、そして「夢の住処」へ。涙がとまらず不意にこっ恥ずかしくなって、ああいいオトナなのにと心でひとりごちながら後ろに行こうかと惑う。良すぎるんだよ、何もかも!
そこに「無敵」、前半なのにもうトドメか。この曲はわたしにとって音楽、ライブそのもの。メイクが崩れようがもう構わない、何故ならば無敵だから。でまかせのおまじないでいい、こんなやさしい歌詞も歌もそうそうない。こんなやさしい旋律もそうそうない。
新作から「パズル」、さらにエレキに持ち替えての「ひかり」。エレキはステージでずっと持っていなかったとのことで、本人の嬉しそうな表情にフロアが沸く。身に深く染み入る楽曲に、エレキサウンドもまたすこぶる格好いい。
MCを挟んで大切な一曲、「最愛」。そっと寄り添う歌詞の中に輝く「くしゃくしゃに笑えBaby!!」のフレーズ、そのシャウトが胸に毎回ぐっさり突き刺さる。かなわない。
そしてひとつのドラマを見たかのような、もしくは短編小説を読んだような心地になる「霞の歌姫」へ。熊谷の弾き語りで聴いたのがはじめてだったが、トランペットとのデュオもまた何とも風情があって曲にしっくりとくる。
再びメンバーを呼び込み、バンドセットで「月がない夜に」。さらにエレキでの「ロードムービー」。
たたみかけるように、わたしの涙腺クラッシャーこと「君の追い風」。音源でもライブでも泣いてしまうが、ライブはもう感情が溢れ零れてどうにもならない。「いつか君は忘れるだろう/僕なしでも前を向く」のフレーズは、もう何年もずっと願いで祈りだ。来る日も来る日も毎日静かに思っているようなことがまさに歌になっていたら、堪らなくなってしまう。エレキでも最高、打ち抜かれる。
本編ラストは「プリズム」。どんな在り方も否定せず、ジャッジされても傷ついても孤独すらも受け止めて、しがみついてでも前を向く希望のひかり。なんて美しいラストなんだろうか。
アンコールはめちゃくちゃに楽しい異色の「T&D」を、まさかのカラオケで。いや、確かにこれがもしカラオケに入ったら相当楽しいぞ。底ついて暗い気持ちから跳ね上がるてやんでぇの言葉遊びが底抜けに明るい。振りまでその場で完成してしまった。
最後はお馴染みの「魂の夜明け」。忘れてたけど映像写真撮っていいよ、のアナウンスにみんなが笑う。フロアに降りて練り歩き、ギターを鳴らしながら歌う歌う。オーディエンスも大合唱。すさまじくパワーに満ちた大団円は、まさしく超無敵バイブスだった。
曲が優れているとか歌詞が胸に響くとかテクニックがどうだとか、そういう言葉では何もかもが圧倒的に足りない。降り注ぐ太陽光のあたたかさ、気取りやてらいのないもぎたての栄養、生命力そのものを浴びているような気すらする。
今回もそんな極上のライブ。しっかり目に耳に焼き付けるように堪能した。
水分をしっかり絞り取られてぐずぐずの顔のままで丸亀製麺に入り、猫舌なのにどうしてだろう、かに玉あんかけうどんを食べた。それはやっぱり染み渡るような、どこかやさしい味だった。