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ここにいる、という旅。
Twitterのタグ企画、「0メートルの旅」にいくつかツイートをした。
その国のガイドブックには、無愛想な国民性と書いてあった。
— なつめ (@natsumex0087) January 7, 2021
街並みにひかれてたどり着いた地で、「おまけだよ!」と目配せした屋台のおじさん。「お嬢さん、また寄ってね」と笑うサンドイッチ屋の青年。丁寧に場所を教えてくれた、お洒落なマダム。
ドイツは美しく、やさしかった。#0メートルの旅
甘いソーセージがあるということを、はじめて知った。目をぱちくりするわたし、笑う店主。
— なつめ (@natsumex0087) January 7, 2021
あわてて飲んだペットボトルのグリーンティーが、これまた甘かった。
甘い食べ物よりもさらに甘くとろける、人々のご好意の話もわたしはたくさん知っている。
いつかそちらに伺いますね、台湾。#0メートルの旅
素晴らしく清潔なその部屋の中で、寝返りさえもままならず旅をした。
— なつめ (@natsumex0087) January 8, 2021
ポルトガルの草原へ。猫が微睡む港町へ。イタリア、小さなワイナリーを目指して小径を抜ける。電車に揺られて行くスイスの山は、白く美しい。
目の前のテレビは、旅への転送装置。病室のベッド、想像力は翼になる。#0メートルの旅
ひとが歌を口ずさむとき、その旋律や言葉と結びつけられた記憶が鮮やかに蘇ることがある。
— なつめ (@natsumex0087) January 11, 2021
あの時見た夕日、となりにいた人の横顔、グラウンドを分かつ影、雨上がりの匂い、遠くに聞こえる「さようなら」の声。
ここにいながら感じる束の間のタイムスリップ、それはきっと #0メートルの旅 なのだろう。
きっかけは、ここ。
この一冊からはじまったタグが、人々の「旅の記憶」を呼び覚まし、次々とタイムラインを彩っていく。
旅に出られなくても、ここにいても、生きていくということはきっと旅なのだ。いつかの景色を、邂逅を、すれ違いを思い出すことすらも、ぜんぶ旅と言ってしまおう。そうすればいつだって、どこにいても、旅人になることができる。
誰かの旅の記憶に揺られることもできる。ともに道に迷い、ともに目を凝らす。
文章を読むとき、想像力はどこにだって連れていってくれる。
この本、いい本です。
関係のあまりないような話になってしまうけれど、ツイートはどこか0メートルの旅のようだなあと思った。
— なつめ (@natsumex0087) January 8, 2021
わたしはいまここにいる。わたしの言葉だけが、Twitterの中で旅をする。時々旅先で出会った人からの便りが届く。その人もまた、言葉で0メートルの旅をしているのかも知れないね。#0メートルの旅
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