胸がリコールされた話。①
来るぞ来るぞ、とは心のどこかで思っていた。
賭けのようなものだった。
胸、リコールされました
こんな経験はそうそうない。でもこの「そうそうない」が世界中にたくさんある、2019令和元年の今。
アラガン社のテクスチャードインプラントが全世界回収になった真夜中、わたしはその成り行きを真夜中のTwitterで見ていた。
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乳房再建
わたしはがんサバイバーで、片方の胸を全摘している。全摘した側は人工物、乳房インプラントを用いた形成外科手術で元のかたちにしている。
誤解が大変多いのだが、乳房再建は専ら見た目のためだけに行われるものではない。
片側がなくなるということは、重みがなくなるということ。つまり身体のバランスが崩れる。肩凝りや転倒リスクの増大といった不利益があるのだ。背骨が歪むこともあるらしい。
勿論ボディーイメージだって大切なものだろうと思う。だから周囲の経験者は、再建を強力に勧めた。
──だろう、と書いたのは、そもそも今までの人生でそれを重視してこなかったからだ。専ら思考に興味がある。これは多分、かなり変わっているのだとは思う。その自覚はある。
ボディーイメージ、つまり見た目の変化を苦にして精神を病んでしまうケースもあると聞く。また女性のファッションはかなりボディーラインに左右される。パッドの利用も出来るが、先の経験者(サバイバー)はこれが辛かったそうだ。ズレる、蒸れる、落ちる・・・・・・らしい。
命にかかわろうがかかわるまいが、惜しみなくがんは奪う。
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選択肢
再建には2019年現在、大きく分けてふたつの方法がある。
人工物、つまりインプラントを入れるのか。それとも、健康な背中か腹部をドナーとして、新たな胸をつくるのか。
インプラントは人工物だから、安全性の高い医療用シリコンであっても、被膜拘縮や回転のリスクがある。
自家再建は自分の健康な組織にメスを入れることになる。メンテナンスが要らないものの、決して小さくはない傷はドナー部分にも残る。
(詳しくは後述)
ゆえに、再建するかしないか、また術式をどうするかという選択は、女性にとって大きいものである。
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再建をとりまくもの、その経緯
その再建に用いられるインプラント、アラガンによるテクスチャードタイプのブレストインプラントの全世界自主回収が決定された。7月24日のことだ。──FDAのアメリカ国内回収要請から、実に速い流れで。
これに先立つこと7ヶ月。2018年12月20日、CEマーク失効とフランス国家医薬品安全庁(ANSM)による強制的なリコール要求を受けてEU圏内では販売停止となっている。フランスの動きは迅速だった。
背景に、過去PIP社によるインプラントスキャンダル──工業用シリコンを製造に使い発がん性が疑われる騒ぎとなった──があったからなのだろうか。結局PIP社製品の発がん性は因果関係を立証されなかったが、わたしはその報道を思い出していた。
PIP社インプラントで再建した患者は摘出回収となり、代替にはアラガン社の製品も用いられたと伝え聞く。
製品回収の決まったそれは、同業他社製品に比べ約6倍のリスク。死者も出ていた。
日本で乳房再建に使える保険収載のインプラントは、当時、それしかなかった。
その日本で、2019年6月、国内初症例が報告される。そして、7月の回収。
再建手術後の患者は回収対象外。つまり、世界中で回収されたものを体内に入れたまま、日常を送ることになる。
(続く)