Oral history 日本軍従軍医師に命を救われた話
これで安心
顔なじみの白じいちゃんを見かけたので部屋をのぞいてみると、これまでなかったものが部屋の隅にでーーんと据えられていました。
「あれっ?じいちゃんこれ棺おけじゃない?」
「そうだよ」
「買ったの?」
「うん」
「自分で買ったの?」
「そう、自分で」
「こういうのってフツー子供が買うんじゃないの?」
「どっちが買ってもいいさ。自分で用意した方が簡単だろう」
「じいちゃん、これでもういつ死んでも安心だね。写真は私が撮ったやつ使ってね」
「ああ、そうするよ」
「いくらだった?」
「800元」
で、部屋の奥を見たら、なんとさらに5つの棺おけがうず高く積んであったのです。これらは商品として売るんだそうですが、こちらの方がはるかに立派です。値段はひとつ1600元。自分は貧乏だから安いやつでいいそうですが、売れば合計8000元ほどが手に入るわけで、これは葬儀費用にまわされるのかもしれません。この界隈でのフツーの葬儀費用は、1万~2万元が相場のようです。 (2007‐10‐10)
白じいちゃんが死んだ
磧口に戻った翌日、預けてあったなつめを受け取りに行くと、サンア老師が「去年最後に取材した白宝有が死んだよ」というのです。白じいちゃんはすでにおととしの夏に取材をしているのですが、そのときはまだビデオがなかったので、去年の暮れに改めて取材したのです。いつもと変わりなく元気だったのですが、2月に凍結した道路で転んで寝ついてしまい、そのまま亡くなったそうです。
白じいちゃんはすぐ隣の西頭村の住人で、磧口の街中で市の日には石段の上にロープや雑貨などを広げて小商いをしているので、私が磧口にいる限りはしょっちゅう顔を合わせます。あまり言葉が通じないので簡単なあいさつをかわす程度ですが、私が特別に好きなじいちゃんのひとりです。というのも、彼から聞いた話は「日本人に命を救けられた」というもので、しかもちょっと胸にジンとくる内容もあって、彼の顔を見るとついつい「じいちゃん元気?」と声をかけたくなってしまうのです。
去年の秋に部屋をのぞいたときには、大きな棺おけが片隅にどんっ!と置いてあって、自分のために800元で用意した、これでもう安心だと笑っていたのですが、こんなに早く逝ってしまうなんて思ってもいませんでした。
取材の翌日に、私が一昨年杭州に行ったときに買った、西湖の蓮の粉、つまりレンコンで作った葛湯のようなものをあげたのですが、それを後ろ手に持って、トコトコ帰っていく姿を見たのが最後でした。ほとんど字の読めない彼のために「じいちゃん、湯をたくさん入れたらまずいからね、これくらいだよ」とくどくど教えたのですが、ちゃんと説明したとおりに作っただろうか?あんな“贅沢”なものはきっと食べたことがない人たちだけど、おいしいと感じてくれただろうか?
葬儀のときに使う写真をあげることになっていたけれど、その約束が果たせなかったのがとても残念です。 (2008‐05‐07)
|白宝有《バイバオヨウ》老人(83歳・男)の記憶 西頭
私は現在82歳。なんの教養もないし、本屋の前には一度だって立ったことはない。日本人が来た時、私は彼らから一銭の損害を受けたこともないどころか、利を得た。彼らが来た時私は病気だった。けれども、日本人がくれた薬を飲んだら病気はよくなった。
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