PBRとインタンジブルズとの関係①
本シリーズは、PBR(株価純資産倍率)とインタンジブルズとの関係について、筆者の知識整理のために作成される。まず初めに、柳ら(2017)の論文への理解のために本稿を作成する。
PBR(株価純資産倍率)について
PBR(Price Book-value Ratio;株価純資産倍率)は、純資産からみた株価の割安性を示す指標である。PBRは'現在の'株価*1を帳簿上の純資産で除することで示される。
PBR(倍)=現在の株価/1株当たりの純資産
=時価総額/純資産
純資産は、会社の全資産のうち株主全体で保有する資産のことをいう。純資産はまた、仮に会社が解散した場合に、株主に分配される資産の合計(解散価値)とも表現される。
PBRは株主に分配されうる資産と現在の株価との比較であり、PBRが小さいほど株価が割安であることを示す。PBRが1未満であれば解散価値を下回る状態(株価が安売りされている状態)であり、1を超えれば純資産以上の価値が株価に反映されている状態となる。PBRのうち1を超えた部分は帳簿上の価値を上回る部分である。柳ら(2017)によれば、この部分こそ上場会社としての追加の「価値創造」となる。
MVA(市場付加価値)について
上場会社の価値創造を示す重要な指標として、MVA(Market Value Added;市場付加価値)がある。MVAは、株式市場における評価額である時価総額と、帳簿における評価額ともいえる純資産と、の差分で示される。
MVA=時価総額ー純資産
MVAは、株式市場には現れるが帳簿上には表現されない、企業の帳簿外の価値である。
柳ら(2017)による非財務資本とPBRの関係性モデル
柳ら(2017)はMVAを、長期的な企業の価値創造のために経営者が創出すべき付加価値としている。また、帳簿上に現れない価値という意味から、「見えない価値(インタンジブルズ)*2」であるともしている。
PBRとMVAの上記性質を前提とし、時価総額=株主資本簿価(BV)+市場付加価値(MVA)であることを踏まえ、柳ら(2017)は以下のモデル(IIRC−
PBRモデル)を提唱している。
PBRのうち1以内である部分(=BV):財務的価値としての「財務資本」
PBRのうち1を超える部分:「知的資本」「人的資本」「製造資本」「社会・関係資本」「自然資本」の5つの非財務資本(インタンジブルズ)
IIRC−PBRモデルに基づき、柳ら(2017)は医薬品セクターを対象とした実証研究を行っている。
所感
柳ら(2017)の提唱するモデルは、時価総額を財務資本と非財務資本とに分けることに注力している。簿価に現れるか否かの観点で、企業価値を分類するのであれば、このモデルは筋のとおるように思う。
特に、非財務資本財務資本から切り分けて議論したいときに、まず手始めに適用してよいモデルと考える。
一方、筆者がこれまで専門としてきた「産業財産権」は、財務資本と非財務資本の両方に関係する資産と考える。手続きに関係するコストやライセンスフィーとして帳簿上に現れる資産と、企業のブランド創造や他社排除能等の帳簿上に現れない資産がある。このような資本に対して柳らのモデルを適用する場合には、資本を分析して財務資本に属するか非財務資本に属するかについて検討する必要がある。
なおがき
*1について
PBRは「現在の」株価を用いる。特に産業財産権のような長期的に運用する資本について議論するには注意が必要と感じた。
*2について
柳らも注釈を付記しているとおり、柳ら(2017)はインタンジブルズを厳格に定義してはいない。
参考文献等
・日本証券業協会HP、金融・証券用語集、PBR、
https://www.jsda.or.jp/jikan/word/117.html
・桜井 久勝、財務諸表分析、第8版、2020年
・柳 良平、吉野 貴晶、人的資本・知的資本と企業価値(PBR)の関係性の考察、月刊資本市場、No.386、2017年