NYブロードウェイ~推し活のススメ
恋の始まり!?
いかにも観光客だらけのいわゆる商業的な作品は観ないでおこう、とあえて避けていたブロードウェイミュージカル「Moulin rouge(ムーランルージュ)」。しかしパリのムーランルージュの世界観をどんな風に表現しているのだろう?とふと気になり、4月末にチケットを購入。内容に対する期待は正直ゼロ。単身赴任の気ままな週末のアクティビティとして単発的に楽しむつもりだった。
しかし、上演中、「この声、好きかも?」と、まるで恋の始まりのような感覚に襲われた。なんともいえない甘い声。それでいて力強く、情熱的。公演終了後にはその歌声にすっかり魅了され、幸福感に包まれていた。帰り道すがら主人公クリスチャン役の俳優Derek Klenaを調べてみた。
Derek は、南カリフォルニア出身の31歳。UCLA在学中から本格的にミュージカルのオーディションを受け始め、最近では「Jagged Little Pill」という現代のアメリカ社会が抱える様々な問題を扱ったミュージカルにオリジナルメンバーとして出演してトニー賞にノミネートされた後、「Moulin Rouge」の2代目クリスチャンとして抜擢された。
私の場合、まず気になったのは彼の「声」だったが、よく見るとかなりのイケメン。基本的にいわゆるお醤油系が好みで、日本に置いてきた我が夫もまさにそちらの系統。しかしDerekはいかにもディズニーアニメの王子様のような絵に描いたようなイケメン(実際これまでDerekは「Wicked」や「Anastasia」にも出演)。そんなイケメンが歌も上手いなんて完璧すぎる。
普段はいわゆる「お堅い」系の仕事をしている私が、Derekとの出会いで実感したことは二つ。
① 推し活は人生を豊かに!ストレスフルな仕事もなんのその!
② 語学力習得のモチベーションが驚くほどアップ!
推し活は人生を豊かに!
そう。Derekとの出会いで私の生活、私の日々の心の持ちよう、そして趣味の世界がぐんと広がった。
私がDerekを推すきっかけはあくまで「声」だったが、その時に強く感じたのは「ハモりたい!」というものだった。ミュージカル俳優たちがその完璧な歌声で織り成す美しいハーモニーは、どの作品を観ても感動するが、観客としてそれを受け身で味わうことに止まらず、自らも歌いたい!と強烈に感じたのである。そこで早速、Spotifyに登録し、ホームスピーカーを購入。歌詞を観ながら、音楽に合わせて一緒に歌う日々が始まった(もちろん家で一人で)。しかしそこであることに気づく。Derekの声で録音された曲は、彼がオリジナルメンバーとして出演した「Anastasia」や「Jagged Little Pill」のものばかり。「Moulin rouge」はオリジナルメンバーのAaron Tveitのもので、二代目のDerekのものは見つからなかった。どうやら俳優にとってミュージカルのオリジナルメンバーとして抜擢されることは非常に重要なことらしい。そんなことに思いを馳せつつ一人カラオケを続けながら、もっとうまくなりたい!誰かと一緒に歌いたい!という気持ちが高まり、そこで思いついた。
そうだ。歌を習おう!
ニューヨークでは、ボイトレのレッスンが充実している。おそらくミュージカルやオペラのプロの歌手はもちろん、プロを目指すために様々な職業を掛け持ちしながら活動するたまごたちも大勢いるためだろう。ボイトレのスタジオでは、ミュージカルのリハーサルや、オーディションに向けた各種レッスンが日々行われており、私も初めてスタジオに足を踏み入れた時には、オーディションに向けて必死に練習するたまごたちを前に、「場違い」な印象を受け、足がすくんでしまった。しかし、どんな人にも音楽の素晴らしさを教えたい、それが自分たちの喜び、と言ってくれるニューヨークのプロたちの懐の深さもさすがなもの。スタジオスタッフも含め皆が飛び切りの笑顔で受け入れてくれた。もちろん私は素人かつ初心者用のレッスンだが、月2~3回、プロのオペラ歌手として活動しながらマンハッタン音楽院に通うサンディエゴ出身のTate のレッスンを受けている。今練習しているのは、「Beauty and Beast(美女と野獣)」 の「Home」。 音域は少し高めだが、今の私にはこのくらいの高さがチャレンジングで練習にはいいらしい。
Derekとの出会いが、週末にプロから本格的なスタジオで歌を習うという新しい趣味、経験に繋がった。将来いつかDerekとハモりたい!という夢は叶わなくとも、歌を歌うこと自体はとても楽しい。日ごろのストレスの発散にもなっている。4月末のDerekとの出会い以降、仕事上いくつかの大型案件を抱えていたが、思い立てばいつでもDerekの生声を聴きに行ける環境と、週末のボーカルレッスンが、おそらく精神的にポジティブな影響をもたらしたのだろう。はたから見ると「大変」と思われる大仕事も明るく元気にこなすことができた。Derekに感謝である。
英語習得のモチベーションがアップ!
Derekの声のみならず、俳優としての生き方、活動にまで興味がわいたのは上述のとおりだが、そのことにより、普段は理解するのに時間がかかりそうな英文記事や、ネイティブの早口で一回ではとても理解できないインタビュー動画を気づけば何度も読み返し、再生する自分がいた。
Derekの話す内容を英語でちゃんと理解したい!そして彼の考え方や人となりをもっと知りたい!そんな願望が、普通は苦になるはずのプロセスを楽しく充実した時間に変えてくれた。様々なネット記事やDerekのインスタ、Derekのファンのインスタ、Derekの過去の公演やリハーサル動画、数々のメッセージ動画等、インターネットで芋づる式に出てくる情報を辿りながら、分からない英語はその都度調べ、Derekの世界に夢中になっていった。まさにBTSのファンたちが韓国語を勉強する気持ちとも通ずるものがあると思う。
結果として、「Full Circle Moment」(過去の伏線のような出来事が、今の動きに繋がったことを認識する瞬間)や、「That was my first gauntlet(飛躍、躍進) of auditioning」といった、おそらく教科書だけでは学べない「生きた英語表現」を沢山学ぶことができた。外国語を学んでいる時は、いつもそばで聞いている人の言葉に影響されるということを聞いたことがあるが、まさに今この瞬間の私の英語は、Derekの表現や語彙に影響されており、どこかDerekっぽくなっているのかもしれない。
full circle moment 過去の伏線のような出来事が、今の動きに繋がったことを認識する瞬間(「Moulin Rouge」 の初代クリスチャン役を務めたAaron Tveitは、Derekが大学時代に「Catch me if you can」で主役のAaronの代役を務めた間柄。DerekがそのAaronからクリスチャン役を二代目として引き継ぐことになった時の心境を語る場面で使っていた表現)
gauntlet 飛躍、躍進
hit it on the nose 見事に的中
standby 代役
Insane (いい意味の)ヤバい
geek out 夢中になる
bitten by the bug 熱狂的になる
Break a leg! 頑張って!
Knock on wood ! うまく行きますように!
しかし終わりは突然に・・・
そんな充実したDerekとの日々だったが、フォローしていたDerekのインスタで、「Moulin Rouge」 の出演が7月末までという衝撃的な事実を知る。その時すでに5月末。7月末までの間に3週間ほどの一時帰国もあるため、Derekの「Come what may」を生で聴ける機会は限られる。というわけで、せっせと週末や平日夜に足繫く通い、最終公演を含めて計7回の公演を楽しんだ。ある平日夜の公演終了後には、初の「出待ち」を決行し、Derekのサインをゲット。セルフィで一緒に写真も撮影。画面がセルフィモードになっていないことに気づいたDerekが笑顔で私に言ってくれた「Flip! Flip!(反転!反転!)」という英語は一生忘れないだろう。
7月末でMoulin Rougeを卒業したDerekだが、この秋からは、ミュージカル俳優養成学校で講師を務めるらしい。
10月には、カーネギーホールでの「The New York Pops」公演への出演も決まっており、今後の活動からもますます目が離せない。
それにしても、綿密なリハーサルや徹底した体調管理といったミュージカル俳優のプロ意識はもちろん、演出や舞台装置、オーケストラ演奏等、毎晩の公演を常に完璧に仕上げ続けるプロの技の凄さを改めてリスペクトできるようになったのは、ひとえにDerekとの出会いのおかげである。同じNYの手の届くエリアに、こんなにも素晴らしいプロ集団がいて、世界中の人々に日々夢や活力を与えてくれていることに心から感謝したい。そして今後も様々な作品に触れてみたい。さらなる「推し」との出会いにも期待して。
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