おばあちゃんのおみおくり【最終話】(+母のエッセイ)
長らくおつきあいいただき、ありがとうございました。
これが最後です!
おばあちゃんのおみおくり【その1】
おばあちゃんのおみおくり【その2】
おばあちゃんのおみおくり【その3】
おばあちゃんのおみおくり【その4】
息をひきとる直前まで、息子がかわいくて心配で仕方なかったおばあちゃん・・!
なにも心配することはないので、ゆっくりしてね^^
最後に私の母が書いたエッセイも紹介しちゃいます。
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「母のこと」
義母は私に会うと、顔を見るなり「おかあさん(私のこと)肥えたねぇ」と必ず言います。
太っていることは、私が一番気にしているところ。
できるならそこには触れてほしくない。
それなのにズバリ「肥えたねぇ」だなんて、ケンカ売ってる?と気色ばむところですが、義母は意地悪でも皮肉でも悪意でもなく言います。
なぜなら、本人が「骸骨や」と言うとおり、自分の体がやせ細っているから。
体重は30㎏を出たり入ったり。30㎏を超えるのが目標らしい。
食欲が無いわけでは無く、好物の大福餅をいっぺんに3個も食べ、息子(私からすると夫ですが)に「ええんか?」と驚かせるほど。
高齢のため、おそらく吸収力が弱くなっているのでしょう。
そこで私のまん丸の顔を見て「肥えてええねぇ。けなるいなぁ」となります。
「けなるい」とは「うらやましい」の方言。
ひとしきり私をうらやましがった後は、自分の健康状態から、近所の方々やデイの職員さん、ヘルパーさんたちにお世話になっている話になり、必ず「ありがたい、ありがたい」が繰り返されます。
こうして周囲の人たちに感謝をしつつ、気丈に暮らしていた義母ですが、一月三十一日心筋梗塞のため入院いたしました。
心不全・腎不全を併発しているため、主治医は首を横に振りました。
集中治療室でも意識はしっかりしておりましたが、もう起き上がることはできません。
翌日個室に移りましたが、ナースステーションの真ん前の部屋です。
顔色もよく、やつれてもいないので、そんなに重篤にはみえないのですが、痛み止めのモルヒネのためか、話をしている最中でもスーッと寝てしまったり、昼夜の区別もつかなくなり、まわりも覚悟を決めずにはいられなくなりました。
そんななかでも、息子にだけにはいろいろ指図をしたり、息子が自分の思うように動かないと大声で叱りつけたりしていました。
あーー、いよいよとなると息子にだけは甘えているのだなぁと、微笑ましくも切なくなりました。
そして数日が経ち、亡くなる前日の夕方のことです。
一日数回は面会に行っていた息子ですが、今日はこれで終わりと病院にでかけました。
病室の母親は、ちゃんと目を覚ましており、なにか様子が違い、いつもの息子に文句言いの母親ではなくおだやかでした。
そして「ありがとうありがとう」「ありがとうありがとう」ばかり繰り返していたそうです。
翌朝には、意識がありませんでした。
三輪 あや
平成三十一年二月五日 寂
享年百歳