福岡が元気な話。
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検査が続いて病院通いに早くも辟易しながらも、幸いにも食欲はある。だから、福岡に帰ってからは沢山ご飯を食べている。2年ぶりの帰省、前に来たのは祖父の葬式で、全然ゆっくりできなかったから記憶があまり無い。
空港に着いて最初に思ったのは「ラーメンが食べたい」であった。無添加食品にハマっている母からすれば忌むべき食べ物かもしれないが、ラーメンを食べることで害される健康よりも食後の多幸感の方が身体に良いはずと言って説き伏せた。麺の硬さはバリカタ一択。もちろん替え玉も忘れない。失せかけていた食欲がまるで嘘だったように完食することができた。
福岡のうどんが大好きだ。お世話になった香川県民の方々には申し訳ないが、うどんの本家は福岡だと思う。コシという概念を完全に放棄したふにゃふにゃの麺、九州醤油で炒めたほろほろの牛肉とパリッとしたごぼう天、極め付けは上品で甘みを含んだ顎だしのスープ。これが本当に美味い。ついつい全部飲み干してしまう。
全身の細胞が「ただいま!!」と叫んでいる気がする。結局、美味しいご飯が一番幸せを感じられるのかもしれない。母が作る醤油味の唐揚げが好きだ。家族でホットプレートを囲んで食べる瓦そばはご馳走だ。地元で食べるご飯は美味い。
(おそらく、九州の醤油が大好きなんだと思う)
今日は珍しく体調がよかったから、久しぶりに街を歩いてみたくなったんだ。実は大学進学を機に地元を出たから、大人になって街を歩いたことがあまり無い。私が住む家の近くには渡船場があって、市営船に乗れば20分ほどで博多・天神エリアに行くことができる。人生は差し引きだと思う。動いて疲れることよりも、自分の好奇心を満たすことの方が大事だと思った。
海風に揺られて街へ出た。変わった風景よりも変わらぬ風景の方が多かった。昔友達と遊んだ場所も、恋人と行ったお洒落スポットもそのままだった。平日だけど相変わらず人が多い。昔より観光客が増えた気がする。至る所にあるハングルと中国語の文字。相変わらず博多美人は自信満々にメイクをして肩で歩いていて、相応の背伸びを感じた。とても暑い夏の日だった。
お気に入りのもつ鍋屋に入った。入室した瞬間に汗が吹き出る。聞けば、エアコンが壊れてしまったそうだ。汗だくになりながら片手にミニ扇風機を持った店員が苦悶の表情を潜ませながら、元気よく「いらっしゃいませ!!」と言った。お昼時なのにお客さんは2組しかいなかった。
もつ鍋。別名:大量のニラとニンニクの口臭爆弾。究極の美味を得るためには代償が必要だ。かの昔貧乏大学生だった私は、同じゼミに所属するご令嬢ご子息に一泡喰わせたいと思ってもつ鍋を振る舞い、彼ら彼女らを数日間マスク必須の生活に追い込んだ経験がある。ただもう一度言う。代償は大きいが、究極に美味いのである。脂が乗ってぷりぷりのモツは口の中で柔らかく溶けるし、ホクホクのキャベツを食べると体が温まって元気が出てくる。極上の醤油ベースのスープは可能なら全液体を麺とご飯に吸わせて食べ切りたい。灼熱の店内、熱々の鍋に唐辛子をたっぷりと。汗が身体中から吹き出してきて服がベタついた。
「どこから来られたんですか?」
同じく汗だくの店員が突然話しかけてきた。確かに一眼レフを肩から下げてリュックを背負った私はどこからどう見ても観光客なのだが、まさか鍋屋でプライベートな質問をされると思わなかったから驚いてしまった。
「な…長野からです…」
「そうなんですね!遠い所からありがとうございます!福岡暑いでしょー!楽しんでいってくださいね!(ニカッ✨)」
なんと爽やかな青年なことか。居酒屋ならまだしも、鍋屋ではそこまで求められないであろう全力ホスピタリティ。口が裂けても同郷ですなんて言えなかった。
そう言えば、帰省した直後に行ったラーメン屋は、入店すると小太りなお兄さんが汗だくな顔を目一杯に笑顔にして「いらっしゃい!!」と言ってくれた。うどん屋の外国人の店員さんはワンオペながら笑顔で「お待たせしちゃってごめんなさい!ごゆっくりどうぞ!」と言ってくれた。母と行った韓国料理屋は、若いお姉さんがとてもハキハキとした澄んだ声で接客をしていて、純粋に感動した。
元気な街だな、と思った。
そして、日常を生きている人が元気であることが、一番自分を元気づけてくれることを知った。汗だくの店員さんも博多美人もおしゃれな観光客も、街を歩く日々を過ごす人たちも。
美味しいご飯と元気な人たち。
療養するには良い場所かもしれないな。
渡船場に向かう帰り道、懐かしい道を通った。初めて街で夜ふかしをした場所、その名は「親不孝通り」。県外の方は驚くかもしれないが、れっきとした公称の名前の通りである。名にふさわしくクラブやバーなど夜ふかしに適したお店がたくさんある通り。成人式の打ち上げで友達と背伸びをしに来たっけ。笑っちゃったのが、通りの看板いっぱいに戦隊ヒーローの写真が貼ってあって、要するに通りを綺麗に保ちましょうってことが書いてあるんだけど、
「ポイ捨て禁止!綺麗な道を!〜親不孝通り〜」
みたいな、ちょっと説得力に欠けるような、良い言葉を全部壊すような通り名を公式にしちゃう県民性たるや恐るべし。
くだらないことなんだけどね。
この街は、元気だ。