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るぅ子さんのこと
昔働いていたカフェに、るぅ子さんという先輩がいた。
彼女のことを書こう書こうと思っていながらずっと先延ばしになっていたので、今回はるぅ子さんという女性について書いてみたい。
変わった人
初めて出会った時、彼女は大学生だった。
当時高校生の私にとって大学生は十分すぎるほど大人な存在。
るぅ子さんは不思議な魅力を持っている人で、周囲からも一目置かれていた。
有り体に言えば「ちょっと変わった人」。
トップ画よりもう少し緩めではあるがクリクリパーマの明るい髪で、ファッションも人とは一線を画していた。
と言っても当時の裏原系やバンギャ系ではなく、ELLEやVOGUEに載っているようなセレブっぽい尖ったファッション。
生肉を巻いたりはしてなかったけど。
ANNA SUIの限定コスメが入っていたバニティ缶を「かわいいから」と普段用バッグにしていたり、「古着屋で見つけた」という派手柄の細身パンツとルブタンのハイヒールを合わせて颯爽と着こなすような人。
多分、本当のオシャレってこういう人のことを言うんだろうな、とぼんやり思っていた記憶がある。
そんな彼女は言動も個性的だった。
一匹狼
そのカフェは女性従業員の比率が高かったので、女子内で派閥が出来上がっていた。
みなさん御存知の通り、女性が一定数集まるとグルーピングされるのだ。
しかしるぅ子さんはどの派閥にも属さずに一匹狼を決め込んでいた。
特定のグループに媚を売ったりせず、時には堂々と文句を言って喧嘩になったりもしていたのだ。
通常そのような人物は煙たがられるものだが、彼女は人を引き込む魅力とチャーミングさを持ち合わせている人だった。
先輩から叱られた後にペロッと舌を出すようなお茶目さ。
だから特段問題になるようなことも無かったと記憶している。
私は店の中で最年少だったこともあり、どの派閥にも適度に良い顔をして凌いでいた。
が、ジャクナの自我が呼応し、るぅ子さんにとても惹かれたのだ。
彼女はガキンチョな私を突っぱねること無くやさしくしてくれて、一緒にご飯を食べに行く仲になった。
るぅ子さんはグルメでもあり、後年私が結婚式の招待状を出した時には「あのホテルのレストランすごく美味しいよね。凛、そこ選んで正解だよ」とのお言葉を頂戴し、凄く嬉しかったのを覚えている。
そんな彼女が、ある時長期休暇を取った。
謎の休暇
従業員には大学生も多かったので、夏休みや年末年始になると田舎へ帰省していく。
が、るぅ子さんは都内の実家から通っていたので、それまで長期休暇を取ることは殆ど無かったのだ。
海外旅行かなと思いつつ、不思議なことに誰も休んでいる理由を知らなかった。
流石に店長は知っていると思い、何気無く「そういえばるぅ子さん休んでますよね?」と聞いてみた。
店長は「うーん。まぁその内戻ってくるよ」という曖昧な答えだった。
もしかして体調が悪いのかも…。
心配だったけれど、所詮はバイト先の先輩後輩。
わざわざメール(当時はLINEが無かったのでEメール)で聞くのもなぁと思い、そのまま1週間ほど経った頃。
突然るぅ子さんからメールが来た。
「久しぶり!ご飯食べに行こうよ」
私は安堵し、彼女との待ち合わせ場所に向かった。
人に気を遣わせない姿勢
るぅ子さんセレクトのレストランに入り、他愛も無い話をしながら食事をする。
そして気になっていた核心を突いてみた。
「しばらくお店休んでましたけど、旅行ですか?」
「ううん。おばあちゃんが死んじゃってさ」
何でもないことのように話すので、一瞬聞き間違えたのかと思ったぐらいだ。
「そうだったんですか…。みんな理由知らなかったので、ビックリしました」
うーん、と彼女は手元のフォークをクルッと回して思案した後、口を開いた。
「私ね、こういう話は人にしないことにしてるの。だってみんな気ぃ遣っちゃうじゃん。だから友達にも彼氏にも言ってない」
衝撃を受けた。
生きていれば、誰しも近親者の死に出くわす。
当事者は悲しみに暮れているため、周囲は掛ける言葉を選んだり最大限に気を遣う。
そうした状況が嫌だと言うのだ。
今までの自分に無かった新たな価値観であり、同時に何故それを私に話してくれたのか不思議で。
るぅ子さんから特に口止めはされなかったけれど、私は彼女のお祖母様の死について誰にも話さなかった。
何となく、そうするべきだと思ったから。
もうひとつの理由
私もるぅ子さんも店を辞めてから数年後、OB・OG会が開かれた。
当時の店長も参加しており、昔話に花が咲く。
「そういえば今日はるぅ子来てないね」
「お仕事が忙しいみたいです」
彼女は金融系の会社に就職してバリバリ働いている様子だった。
店長は芋焼酎のロックを飲み干しながら、懐かしそうに言う。
「るぅ子が長く休んだことあったよね」
「ありましたね」
「あの時さ、夜中に電話が掛かってきたんだよ。おばあちゃんが死んじゃった、って大泣きしててさ。おばあちゃん子だったんだろうな。だから気持ちが落ち着くまで休んで良いって言ったんだ」
るぅ子さんは、きっと本当は抱えきれないくらいの悲しみを抱えていたのだ。
でもそれを人に言わなかった。
いや、家族とは悲しみを共有しただろう。
でも周囲には言わなかった。
もしも人に「大丈夫?」「元気出してね」などと言われたら。
悲しみが、ぶり返してしまうから。
るぅ子さんはとても強く、そして繊細な人なのだと改めて知った。
指針として
るぅ子さんはその後海外に移住し、お互いの環境の変化から連絡も途絶えた。
けれど彼女の記憶は私の中に色濃く残っている。
あの一件以降、私は身内の死について周囲へ知らせるのをやめた。
るぅ子さんと私にはどこか似ているところがあり、お互い人に気を遣わせる空気が苦手なのだと思う。
※書かなくていいことを書いてしまったと反省したので一部削除しました。
私の言葉足らずで誤解させてしまっていた方がいたら申し訳ありません。
今でも思い出す。
彼女の屈託無い笑顔と、ハイヒールのカツカツという音。
どうか、幸せでいますように。