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【ショートショート】許されない

武志と理沙は愛し合っていた。
2人は当然一緒になることを望み、お互いの両親にその思いを打ち明けた。

しかし大反対を受け、2人は逃げるように都会へ駆け落ちする。

身体が丈夫だった武志は工事現場で働き、愛嬌のあった理沙は喫茶店でウェイトレスとして働いた。

生活は楽ではなかったが、2人は小さな家で小さな幸せを育んでいく。

武志はお互いが居ればそれ以上何も要らないと思っていたが、理沙は徐々に2人だけの生活では満足できなくなってきた。

「ねぇ、私ね、赤ちゃん欲しいの」

ある日、理沙が唐突に言い出す。
武志は驚き、そして理沙の細い肩を強く掴んだ。

「俺たちに子供なんて必要ない。俺は理沙さえ居てくれたらそれでいいんだよ」

武志に強く抱きしめられ、理沙は長い睫毛の縁から大きな涙を一粒こぼす。

その夜、理沙はいつも使っている避妊具に細工をした。

3ヶ月後、理沙の妊娠が発覚し、武志は蒼白となった。

「頼むから堕ろしてくれ…」
「いや!絶対にいや!武志の子供を産みたいの!」

理沙は頑として聞かずひとりで病院を決め、ひとりで定期検診に通い始める。

様子を聞いても「なにも心配しないで」と笑うばかりだ。

武志は途方に暮れながら、次第に大きくなる理沙のお腹をただ見つめる日々が続いた。

季節が過ぎ去り、とうとう理沙が産気づく。

あわてて病院に駆けつけると、分娩室からはすでに理沙の苦しげな声が漏れ出ていた。

どうか、無事に産まれてくれ…。
武志には祈ることしかできない。

やがて赤子の泣き声が響いてきた。

元気そうな声にホッと胸をなでおろした武志だったが、しばらくして分娩室から沈痛な面持ちの産科医が出てくる。

生まれた我が子の状態を聞き、まさか、という衝撃と、やはり、という諦めが入り混じった。

そっと部屋に入ると、小さな我が子を愛おしそうに撫でる理沙がいた。

「理沙…」
「ねえ、これでお母さんもお父さんも喜んでくれるよね?孫ができたって喜んでくれるよね?そしたら、お兄ちゃんとの結婚も認めてくれるよね?」

汗をびっしょりかきながら血走った目で訴える妹の傍らには、素人目にも分かるほど頭部の小さな赤ん坊がいる。

武志は足元から這い上がる暗澹に耐えきれず、その場に膝を付いた。

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