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福島ボーイと「きたなシュラン」
「きたなシュラン」という言葉をご存知でしょうか。
かつてフジテレビで放送されていた「とんねるずのみなさんのおかげでした」という番組内のコーナー名が由来で、見た目は汚いが料理は美味しいお店のことです。
放送当時はちょっとしたブームとなり、全国の「きたなシュラン」が特集された雑誌やムックなども発売されていた記憶があります。
さて。
賢明な読者の方ならお分かりだと思いますが、私は「きたなシュラン」が得意ではありません。
あえて遠回りな言い方をしたのは「きたなシュラン」好きな人も世の中にはいるので、そうした方々を一斉蜂起させないための防御策です。
うん、ぶっちゃけ苦手。
そんな私にも一度だけきたなシュランに行った思い出があるので、今日はその話をします。
警備員トモユキくん
正確な年齢は覚えていないが、パチンコ屋でミニスカ制服着ながらコーヒー売ってた頃なので、多分20代中頃だろうか。
当時私は某ネットゲームにハマっていた。
プレイ経験のある方なら分かると思うが、ネトゲは人間関係が非常に濃い。
「仲間」や「グループ」に所属すると、結構頻繁に「オフ会やろう」みたいな話になったりもする。
そうした中で出会ったのが警備員をしていたトモユキくんだ。
彼は田舎コンプレックスを拗らせまくっていた。
実家は福島で米農家をしており、ゆくゆくは自分もそれを継がなければならないという現実に嫌気が差して東京に出てきたクチだ。
東京にはそういう人間がたくさんいる。
だからなのか、あえてなのかは不明だが「東京生まれ東京育ち」の私に彼は興味を持ったようだ。
物静かで端正な顔立ち、何よりもガタイが良い(ここ重要)な彼を拒む理由は何一つ無く、私は彼とお付き合いすることになった。
ドS戦隊トモユキくん
いかな夏木マニアの方々でもお気付きになっていないと思われるが、実は私のnoteにトモユキくんが登場するのは二回目である。
詳しくは上記の記事に書いてあるが、彼は私史上最高のドSであった。
「もうこのまま彼の奴隷として一生を終えてもいいかな」とチラッと思うぐらいのスペシャルな相性だったのだ。
ハッピーなSMライフを満喫しつつも、表向きは普通のカップルとして過ごす日々。
そんな二人にある日転機が訪れる。
確か今時分の、外気で吐いた息が白くなる頃のことだった。
彼が真剣な面持ちで「一緒に行ってほしい店がある」と言い出したのだ。
これまで彼とのデートの際は、行くお店を一緒に相談して決めていた。
なので「決め打ち」で店を提案されたことに驚きつつも、その表情に私は頷くしかなかったのだ。
これが二人の運命を決める店だとは、まだ知る由も無かった。
ラーメン大好きトモユキくん
彼がラーメン好きだということは早い段階で知っていた。
しかし私はデートにおけるラーメンという料理のポジショニングに懐疑派だ。
ランチや夜食としての利用なら分かる。
しかしディナーに組み込むには滞在時間が短すぎるし、ラーメンは早く食べないと伸びるので「ただ食物を摂取するだけ」になりがちだ。
一緒の時間を共有している感覚が乏しいためデート向きでは無いのではないか。
さて夜に待ち合わせた私達。
彼の先導のもと一軒のラーメン屋に辿り着いた。
色褪せた暖簾。
「誰かここで手榴弾投げた?」と言いたくなるほど破損した看板。
外観からして「きたなシュラン」である。
おそらく引きつった顔をしていたであろう私の手を彼が握った。
「ここさ、俺が上京してからずっとお世話になってるお店なんだよ!」
そのセリフを聞いてもなお「帰る」と言える女子がいたら、私から「鉄の女アワード2022」を贈りますので名乗り出て下さい。
言えなかった私は人生初の「きたなシュラン」へと足を踏み入れた。
田舎が恋しいトモユキくん
店内は文字で描写する必要もないレベルの「きたなシュラン」。
カウンターの中にご夫婦と思われる男女がおり、女将さん(多分)はトモユキくんを見るなりパッと顔を輝かせた。
「あら~、久しぶりじゃない!えっ!もしかして彼女!?」
「あ、はい…。今日は紹介したくて連れてきまして…」
いやちょっと待ってくれ。
これはもしかして、いわゆる第二の故郷の両親への顔合わせなのか?
え、もしかして結婚とか意識してるの…?
完全に固まっている私に対して女将さんは満面の笑みだ。
「そんなとこ突っ立ってないで座って座って!…あんた、ほらトモちゃんが彼女連れてきたって!」
ご主人と思われる店主に女将さんが声を掛けると、いかにも「職人気質です」な仏頂面でこちらをチラと見て、また鍋に向き直った。
ヤバい。
これ完全にホームドラマの一場面に組み込まれるやつだ。
第二の故郷の両親には歓迎されるが実の両親には大反対を受け、その後子供ができて、孫可愛さに和解してハッピーエンド的な。
私は心を無にし、女将さんに勧められるままラーメンを頼んで笑顔で食事を終えた。
そして翌日彼との連絡を絶った。
別に「きたなシュラン」に連れて行かれたことが原因では無い。
彼には言ってなかったが、私は既に結婚していたからだ。
ごめんねトモユキくん
noteで言っても詮無きことではあるが、最初から既婚であることを話しておけば良かった、と今でも後悔している。
別に「独身だ」と言ったわけでも無いが、結果的に騙した形になったことは申し訳なかったなと。
彼が今何をしているかは知らない。
福島に戻ってお米を作っているかもしれないし、東京で成功者となっているかもしれない。
私が願うことは一つだけ。
東京でまた私のような人妻に引っかかっていませんように。