社長を辞めたい夫
私の夫は代表取締役をしている。
いわゆる社長というやつだ。
と言っても自分で事業を起こしたわけではなく、様々な妙や縁や運からそのポジションになった。
先日のこと。
仕事から帰ってくるなり夫は言った。
「俺会社辞めるわ」
軋轢
とりあえず夕食を済ませてから話を聞いた。
夫は一応会社のトップという位置にはいるが、経営方針をひとりで決めるわけではない。
会長や顧問に相談役、社外取締役などなど。
そうした上層部と折り合いが悪いという話は聞いていたのだが。
ついに衝突してしまったらしい。
もちろん夫の味方をしてくれる取締役もいる。
が、昔と変わってしまった社風にどうしても我慢ができないと言う。
元来正義感が強く、「弱きを助け強きを挫く」を地で行く人だ。
好きなドラマは「半沢直樹」。
利益を追求して小口の取引を一掃するような現在の方針に耐えられないのだろう。
一通り話を聞いてから私は言った。
「別に辞めてもいいと思うよ。もう十分頑張ったじゃない。嫌な仕事を続けて心身を壊すぐらいなら辞めちゃいなよ」
私は仕事は楽しくなければ意味がないと思っている。
ここで言う「楽しさ」は、やりがいがあるとか達成感が得られるという意味も含めてだ。
しかし実際に夫が仕事を辞めるとなると、非常に大きな問題が浮上してくる。
契約結婚の弊害
私と夫は契約結婚をしている。
色々と端折って物凄く簡単に言うと、夫は「正式な妻」という名の家政婦兼秘書を金銭で雇っているのだ。
つまり私は夫から毎月お給料を頂いている。
夫がこのまま会社に居続ければ、何となくそれなりのポジションに就いて70代ぐらいまでは働けるだろう。
しかしここで辞めるとなると転職先は限られる。
30代ならいざ知らず、アラカン男性が就ける職業は多くない。
おそらく収入は現在の1/3以下になるだろう。
そうなると、もう私への給与は払えない。
「会社を辞めたら俺はもう凛ちゃんを養えないと思う。まだ分からないけど、離婚も考えておいてほしい」
普通の結婚であるならば、病めるときも健やかなるときも、お互いに支え合い生きていくはずだ。
けれども私達はそうした価値観の枠外に居る。
降って湧いたような離婚話。
まさに青天の霹靂だ。
契約妻の心境
私は夫を愛している。
それは恋愛的な意味ではなく、家族愛としてだ。
引退後は給与も求めないし、将来的に介護が必要になったら可能な限り尽くし、彼の最期を看取るのが自分の責任だと考えている。
しかしそれは、もっと先の話だと思っていたのだ。
「どこか田舎に移住しようと思ってる。東京より生活費も少なくて済むし。でも凛ちゃんは東京に居たいでしょ?」
私は東京でしか暮らせない。
その理由については以前書いたのでご興味がある方はこちらを。
単身赴任していた時も、夫は毎月私に生活費という名の給与を振り込んでくれていた。
しかし隠遁生活となるとそれも難しくなるだろう。
夫が会社を辞めるということは、すなわち離婚するということなのだ。
近い将来について考える
夫婦でしばらく話し合いをした。
私はまず、夫に多角的な視点を持つことを提案。
20代や30代は一緒に仕事の愚痴や悩みを話せる仲間がいたりする。
けれども40代を過ぎると、それぞれ家庭を持ったりするので気楽に会って飲みに行く機会も減ってしまう。
だから同年代と話す機会を設けることを勧めた。
話してみて、やっぱり辞めたいと思うならそうしたら良いし、もうちょっと頑張ろうと思えるならそれでも良い。
とにかく色々な人の意見を聞いてから決めるべきだと思ったのだ。
そして同時に、離婚した場合の自分の身の振り方についても考えた。
もしも離婚すると仮定しての夫の言い分はこうだ。
「今いい人が居るかどうかは知らないけど、凛ちゃんだったらすぐに他の男見つかるよ」
この契約結婚は外での恋愛を認めている。
実際、過去に夫が外泊したこともあったし、それはお互いに自由なこととして許容しているのだ。
けれど、私はもう二度目の契約結婚をすることはないだろう。
結婚と離婚の狭間で
とりあえず夫は「もう少し考える」と言った。
私としては彼の決断を待つだけだ。
実際に会社を辞めるとなれば溜まっている有給休暇を消費するだろうし、その間に「旅をしたい」とも言っている。
私はできる限り夫の好きなようにさせてあげたい。
もちろん私の将来は不安定になるわけだが、雨露がしのげる家があるだけで感謝しなければならない。
自由と報酬はいつだって等価交換なのだ。
これから私の怒涛の人生・第何幕かが開けるのかもしれないし、案外平和に収束するかもしれない。
もしかしたら伝説の風俗嬢になれるかもしれないし、ロイくんと生活を築くかもしれない。
人生って面白いね。
続きはこちら。