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【小説】 いずれまた

「マツさー演劇嫌いだと思うよ?」
そう先輩に言われたのは、ちょうどどこかの仕込みをしている時だったかと思う。外部で公演をすることになって大きな体育館を借りた時の仕込み時だった。周りは表の舞台を作りに出ていって、楽屋には私と先輩しかいない。
「え?」
きょとんとする私を他所に、先輩は続ける。
「だってマツ、楽しそうじゃないもんなー」
「そう見えますか..?」
「うん、少なくとも俺にはそう見える」
はっきりと断言されてしまい、戸惑う私は咄嗟にまた、言葉を続ける。
「..ちょっと疲れてるだけかもしれません、楽しいですよ!」
そういって、笑って見せた。から元気だとわかってしまうほどのあからさまで、私は答えた。んだと思う。覚えていないけれど、とにかく取り繕うので必死で、笑っていた気がする。それだけは覚えている。
先輩は私の笑顔を見るなり、うんざりするような顔でまた、一言吐く。
「マツがいいならいいけどさ、こっちの身にもなってくれよな」
そういうと、先輩は楽屋を後にして舞台へ行った。取り残された私は一人、誰もいない楽屋の鏡を見つめて思う。
あれ、ちゃんと笑えていなかったっけ?どうして?なぜ?また怒らせてしまった?どこが悪かった?笑顔か?疲れた顔をするからか?ああ、また母親を怒らせてしまった時と同じ過ちをしているのか、疲れた顔をするから嫌だと言われたじゃないか。それだよ、疲れた顔をしているからだ。ちゃんと笑え、仕込みだからって疲れた顔をするな。私が演劇を嫌いってどういうことだろうか?どこか間違いをしたのか?もう私はいらない?不必要ならここにいる必要はないのではないか?あれ、私って生きてる価値ある?またここに戻ってくる?私の居場所ではないってことか。つまり私はここにいるだけで場を悪くしているんじゃなかろうか。いない方がいい。どうしたら認められる?いや、一生認められることはない、そもそも嫌いだって断定されてしまったなら、私は演劇が嫌いなのだろうか。嫌いって何?

みたいな深いところまで溺れて半泣きしているところで、楽屋のドアが開く。たわいもない話をして入ってくる人たちは皆笑顔で輝いている。世間話やら趣味の話を普通にしてる。私だけ場違いで空気を悪くする子。咄嗟に隠れた黒幕の袖からそっと裏口に抜けた時にはもう、飽和した気持ちでわからなくなっていた。そんな思いをふと、思い出した秋である。


あれから7年、私は先輩の言葉を漸く理解した。
今更、ってくらい今更になって、演劇が苦手なんだと思い知った。
役者として認められたいだとか、スタッフとしてサポートしたいとかそんな耳障りのいいことを言っていたけれど、結局私はそんな大層な理由も信念も持っていなくて、ただ「褒められたい」だけだったのだ。それだけ、私はわがままで幼くて、子供だった。それを先輩は見抜いていたからこそ、あの場に私が居ることが望ましくないと、助言してくれていたんだと思う。

「褒められたい」が言動にあると碌でもない。
なので、今後はこの動機を綺麗さっぱり掃除して、全く違う原動力を見つけて動いていきたいものである。
「人間じゃないみたい」
って時折言われた言葉も反芻してしまうけれど、それでも、今生きていることに変わりはないから、少しでも「人間」のように振る舞いたいね。
サッとベランダの落ち葉を掃いたらスズメが鳴いて、足元に葉がきがひらりと落ちた。拾った言葉には向こうの楽しんでいる姿と共にメッセージが書いてある。
「あなたがしたいと思ったことをして、楽しんでね」
真っ青な海が描かれたポストカードは南国であることを記しているようだった。
私も海に行ってみようかな。
些細なことでも興味を持って踏み出して進んでいけば、いずれまたどこかで楽しいと思える気持ちと巡り会えるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて私はまた、あの日の手紙の返事を書いている。

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