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【小説】 look

「あら…」
と会った瞬間言葉に詰まる母を見るのは久しぶりだった。
思えば目が合ったのはこの時だけだった。
「髪切ったの…?」
「うん」
「いいじゃない…芸能人みたいw」
「もうまとめるの面倒でさー伸ばせばよかったーなんて思ったりもするけどね」
「あーそうそう、逃げ恥の人みたい」
少し間をおいて、置き換えた芸能人の名前が出てきた。きっと、喉元まで出ていたのは違う芸人の名前だと察知してしまったとしても、知らないフリ。わからないフリ。
「そう?」
「それでね、この前お母さん同士で会ってー」
あっという間に話題を切り替えて、すぐ自分の出来事を話したがる傾向はそのままだった。こちらの話を聞く素振りは一切ない。まあ、そもそも話を聞きにきたんじゃなくて様子見したくてわざわざ家に来たんだろうけれど。
「⚪︎⚪︎ちゃんって覚えてる?」
から始まり、
「⚪︎⚪︎ちゃんって部活の後輩の子のお母さんがいるのよ」
に終わり、私の知らない子の名前を次々と繰り出す。
どれもこれも、知らない。わからない。覚えていない。
「覚えてないかなー」
と答えると、
「あなたが教えてくれたんじゃない!」
と言ってこちらを攻め立てるし
「あーそうだっけ?」
って惚けたとしても
「ほんと、老化してるんじゃない?」
って平気で言うし
何を言っても無駄な人なんだよなってつくづく思う。
あれこれ言われても、かれこれ12年前のことなんて覚えちゃいない。
ましてや仲が良かったわけでもない女子のことなんて、逆にどう暗記すれば良かったのか教えて欲しいくらいにどうでもいい話だった。
上の空を何度見つめただろうか。
そのうちに話題が出てきて
「ほら、⚪︎⚪︎ちゃんのお母さんが亡くなったのよ!」
と勢いよく話してきた。人が亡くなった話をこうも嬉々として話せる神経に内心引いた。しかもその話をする母と同じ血が自分にも流れているのだと思うと、死にたくなる。
「うん」
「それでお葬式に行ってきたの。そしたら久しぶりにお母さん同士で会ってね、色々話せて良かったのよ…」
人の葬式をなんだと思ってるんだ。同窓会かそこは。
とツッコミを入れながら、仮に自分が死んだら同じように同窓会ムードになるのだろうか、いや、ならないだろう。と結論づけた。
そもそも私は友達が少ないし、第一死んだとしても知らせる相手がいない。
一定人数の集まらないような人脈しか持ち合わせていないのならば、それは同窓会になり得ない。
なんて考えながら、母のマシンガントークを聞き流す。
会って、普通に会話ができるなんて夢物語だ。仮に害がなかったとしても、それはその「場」でたまたまそういう「日」なだけであって、場所も日時も異なれば全く違う人物が立ち現れて、私の前にさらに罵声と皮肉を浴びせてくる。
過去の私が未来の私に向けて残したメッセージには、数々の傍若無人ぶりが記されている。全て「あんたが悪い」で押し通し、仮にこちらが相手を非難しようものならば「どうしてそんな酷いことをするの?」と泣き喚く人だと。
「もうこんな時間ね、悪いわね」
1ミリも悪いと思っていないのに悪いと言う神経を治してから、こちらにいらしていただきたい。
15分ほどして漸く帰ろうとするそぶりを見せてきた母はあっという間に後ろを向く。振り返りざまに言う言葉は全て、私を殺す。
やはり私は母が苦手だ。
自分勝手に振る舞って、こちらの話なんて1ミリも聞かない。
でもそれは自分にも当てはまるのではないか?もしかしたら、それを体現して改めて私に知らせようとしてくれているのでは?
と、プラスに捉えるようにしている。
そうすると、前よりは楽に相手を見ることができる。
「人のふりみて我がふりなおせ」
戒めを胸に、明日は我が身という気持ちを持って眠る。
たとえ同じ家族だったとしても、許せないことは許せないし、こうはなりたくないと思ったら、ならないように努力したい。
自分がそうならないために。

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