見出し画像

数年後、アイドルグループが結婚ソングを作るきっかけになる2人

NOVEL DAYS 三題噺バトル第7回に投稿作品
※「バリキャリの推し活事情」と「これがオタクの苦悩、奮闘、そして奇跡だ!」の2編から構成されています。


バリキャリの推し活事情

平日、社内の倉庫で私は後輩と一緒に備品のチェックをしていた。
ちらり、と腕時計を見ると17時を回っている。今日は柄にもなく頻繁に腕時計を確認している。
それもそのはず。今日は私の“推し”である女性アイドルグループ、ラブ・ユートピアのライブがあるから。
ラブ・ユートピアは5人組の女性アイドルグループで、完成度の高いパフォーマンスで注目を集めている人気急上昇中の若手なのだ。
元気はつらつに堂々と歌って踊る彼女たちは、私にとって心の支えと言っても過言ではない。
初めてのチェキ会の時なんてカメラの前に立った瞬間から緊張で記憶がなくなるくらいだったのに、何度もライブやチェキ会に足を運び、今では顔と名前まで覚えてもらっている。
この気持ちを誰かと共有したいが、高身長プラス表情筋が死んでいる顔のせいで周囲の人間からは少しだけ怖がられている私に、アイドルの話どころかプライベートの話をする人すらいない。
「これで備品のチェックは終わりですか」
声が聞こえる方向を向くと、バインダーに挟んだチェックリストを持ったやや細身の男性が立っていた。一緒に作業していた後輩の声である。
「そうだね。お疲れ様」
「お疲れ様です。」
彼は、顔立ちは平均的だが清潔感のある大人しい人物だ。時々、給湯室で見かけた時はぼそぼそ何かを呟いていたり、この間はお菓子(意図はないだろうが、ラブ・ユートピアのコラボ商品だったのでパッケージは丁寧に自宅保管している)を無言で差し出してくる等、偶に奇妙な行動をとることもあるけど、遅刻はしない、きっちり会議用資料は揃えてくれる、真面目な人として信頼している。
「わざわざごめんね」
「いえ、何かあればまた言って下さい。」
「ありがとう」
本人は鈍感なのか気づいていないが、こうしたさりげない優しさと清潔感のある見た目、あとはうわついた噂が一切ないため、一部女性社員から憧れの視線を向けられている。
(もったいないなぁ)
そう思いながら、自分には関係ない話だ、と思考を頭の隅に追いやった。
彼が持っているピンク色のペンが視界に入った。男の人が持つには随分可愛らしい色だ。
「可愛い色のボールペン持ってる、ね…」
そこまで言って思わず言葉に詰まる。よく見てみると、ラブ・ユートピアのメンバーのシンボルマークが描かれている。
「そのボールペン…」
思わず指をさす。自宅で使用しているので見間違えるはずがない、紛れもなく公式で販売されているグッズだった。
「…好きなんですか?ラブピア」
いつもは静かな君の瞳が、子供みたいにきらりと光った。


これがオタクの苦悩、奮闘、そして奇跡だ!

先輩は、長身ですらりとしたスタイルとクールな出で立ちで、絵にかいたようなバリキャリだった。自分とは別世界の人間だと思っていた。
その印象が変わったのは、つい最近。俺がデビューから推しているアイドル、ラブ・ユートピア(通称:ラブピア)のチェキ会に参加した日の事だ。
待機列に並んでいると、このグループには珍しい女性ファンがいた。長身で、メンバーとポーズを合わせるために少し屈んで指ハートを作っている。
「え!?」
——それが、先輩だった。
思わず帽子を深めにかぶり直したが、先輩は俺に気づいていなかった。
“アイドルなんて馬鹿らしい”タイプの人かと勝手に思っていたので、最初は目を疑った。
だが、カメラの前でぎこちない笑顔を浮かべながら嬉しそうにチェキを撮る先輩を見て、それは間違いで、どうにかして先輩と話したいと思うようになった。
かといって踏み込むこともできない臆病な俺は、中途半端なアピールしかできなかった。
例えば、いつも使っているボールペンをラブピアのグッズに変えてみたり、先輩が給湯室にいるときにそれとなくラブ・ユートピアの新曲を口ずさんだり、コラボパッケージのお菓子を差し入れしたり…等々。
しかし、どれも効果はなく、気づいてはもらえなかった。
はあ、とため息をつきながら、頼まれた備品整理を進めていた。今日もラブピアのボールペン使っている。スーツスタイルにはあまり似つかわしくないピンクグリッターのボールペンは、かなり目立つのだが先輩は今日も気づかなそうだ。
「うまくいかねーなー…」
ただ、好きなアイドルの話をしたい。それすら言葉にできない自分が不甲斐なかった。
(…今日のライブ。先輩も行くのかな。)
喉まで出かかった言葉を飲み込み、”後輩”の顔で声をかける。
「これで備品のチェックは終わりですか」
「そうだね。お疲れ様」
「お疲れ様です。」
「わざわざごめんね」
「いえ、何かあればまた言って下さい。」
「ありがとう。……そういえば可愛い色のボールペン持ってる、ね…」
先輩の視線が、吸い込まれるように俺が持っているボールペンを捉えた。
「このボールペン」
震えながらボールペンを指して、仕事中では見たことない表情を浮かべている。
「…好きなんですか?ラブピア」
あの日みたいに、ぎこちなく口角をあげた貴女はとても可愛らしかった。

いいなと思ったら応援しよう!

伊吹准
よろしければ応援お願いいたします!いただいたチップはすべて書籍購入や創作活動の費用に使わせていただきます!