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創刊のことば ──シリーズ人間発刊に際して──
デヴィッド・フィンチャー監督作品に『SE7EN(セブン)』という映画がある。その作品について考えるとき、豪華な俳優陣や度肝を抜かれるような物語ではなく、あるシーンが思い出される。
ベテラン刑事・サマセット(モーガン・フリーマン)が新米刑事・ミルズ(ブラッド・ピット)の妻からディナーに誘われ、三人で食事をともにするシーンである。
突然、3匹の大型犬が吠え、地響きが起こり家は大きく揺れる。3人は一瞬黙り、サマセットが失礼といい大笑いをはじめると、それに釣られミルズ夫妻も笑いはじめる。不動産屋に騙されて、地下鉄が走るたびに揺れる家を契約したことを恥ずかしそうにミルズが白状する場面だ。
物語の伏線になる大事なシーンというわけではない。しかしそのシーンはある人にとって『セブン』のすべてである。
本シリーズでは、いつもなら見落とされてしまうような瑣末なことを描くことに主眼を置いている。著者の人生をわかりやすく紹介するようなものではない。ただ、どんな人もそれぞれの仕方で世界を見ていて、その断片こそが存在を支えているのではないだろうか。だれもが忘れてしまいそうな断片によって、その人間の姿をありありと浮かばせてみたい。
2025年1月 新世界編集部