みえない世界が当たり前になるからこそ。
これからどんどん、みえない世界が身近なものになっていくと思う。
それは実際に無視できないレベルで、今まで不思議だと思われたり科学とかでは証明できないようなことを体験する人が増えてきたり、感覚が開いていく人も加速度的に増えていくということ。
でもそうなっていくからこそ、というか移行期だからこそ気を付けたほうがいいと思うことを書こうと思う。
これはもしかしたら、スピリチュアルに興味のなかった、というかどちらかというとあんまり好きじゃなかった(笑)私だから書けることかもしれないので。誰かの何かのヒントになれば。
あのですね。
どんなに次元上昇してすべてが愛になろうと、肉体は地球での容れ物であって魂は永遠であろうと
今悲しいなら、ちゃんと悲しまなきゃだめですよ。
今さみしいなら、ちゃんとさみしさを認めてあげなきゃだめ。
その順番を間違うと、ややこしいことになるししんどくなるよ。
ほんとは悲しいのに、ほんとはさみしいのに、見ないふりして聞こえのいいスピリチュアルな言葉や教えに逃げていると、大事なことが手のひらからぽろぽろこぼれちゃうよ。
というかこんな仕事をしている私ですが、悲しい時やさみしい時、どんなに上から色々降りてきたとしても、
そんなの知るか
って思ってる。笑
もう肉体を持ってこの人生では会えない人を想う時とか、めちゃくちゃ泣くし、何度でも何度でもさみしいな、もう一度だけ会いたいな、って思うよ。
それは今ここで生きてる自分のためだって(生きていくためだって)わかってるし、魂には死なんてなくていつでもすぐそばにいるって知ってても、ちゃんと悲しむ。さみしいよ、会いたいよ、っていっぱい泣くよ。
何度でも何度でも。
その先にあるのが、本当の愛だと思うし、私にとってはスピリチュアルだと思うから。
そういう意味では、悟ってなんかやるかって思ってる。笑
皆さんも、みえない世界が当たり前になっていくからこそ、どこまでも泥臭く人間らしくいこうね。
もちろん、自分とたくさん向き合って自然に悟れた(そう思えた)ならそれでいいんですよ。
自分をごまかさないでね、ってだけ。
別にスピリチュアルって特別なことでも偉いことでもなんでもないんだよ。
ただ生きて、泣いて笑って、生きて生きて、死んで、またいつかどこかで出逢う。
私は、それがスピリチュアルだと思うんです。