日記 はだか

 ある人の日記で気になる内容のものを見つけましたので、載せます。

〇 1988年7月18日(月)  
 とくに理由はないのですが、今日は部屋で一人裸になってみました。姿鏡の前にたつと、普段は気にしていなかった自分の身体のあれこれが、くっきりと現れたように感じました。いつもは無造作にまとめていた髪がこんなにも長くなっていたんだとか、自分の肩って意外と角ばっているなとか、ちょっと恥ずかしいですけど、乳房が左右でちょっとばかし大きさがちがうとか、おしりの辺りに見たこともなかったホクロをみつけたりだとか。しまいには、そんなふうに身体のあちらこちらをまさぐっては、自分の身体のことなのにいちいち驚いている自分が、まるではじめて鏡を見て困惑している野生児みたく思えてきて、おかしくなって、ちょっと笑ってしまいました。きっと、こんな恥ずかしいこと、もうすることないだろうと思ったので、もっと恥ずかしいことをしてみようと、四つん這いになって、鏡に映った自分を天敵に遭遇した獣のように睨んで威嚇してみたりしました。お父さんや玉垣さんに聞こえたらいけないので、小さな声で唸ってみたり、飛びかかるふりをしてみたり、こんどはあお向けになって服従した犬のような素振りをしたりしているうちに、ふと、前にも、こんなことをしていたような、記憶といっていいのか、映像のようなものが頭のなかにうつしだされました。でも、それは私の記憶にはいっさいないものです。この部屋の天井よりも、ずうっと高くて、大きな窓がある部屋で、コンクリート製の壁と、外からは木漏れ日がさしていて、部屋の大きさのわりには小さな絨毯にちらちらと葉っぱの陰がゆらいでいました。映像だけでなく、匂いや音もしてきました。アロマキャンドルの薔薇のような匂い、その中でことこととスープの煮える音。一度も見たこともないし、経験したこともないことなのに、なぜだかものすごく鮮明に思い出せるのです。そんなものに浸っていると、部屋の奥からお手玉のようなものを一つ持って歩いてくる人の影が、その映像の中にあらわれてきました。しかし、その人の顔は、はっきりと思い出せません。その人は、私のとなりにあったえんじ色のソファに腰掛けると、私のお腹に手を伸ばして、やさしく、三べんくらい撫でたあとに、私の名前を呼びました。でも不思議で、その人が呼んだのは、私の名前じゃなくて、他の名前だったのです。ですが、その名前もなぜか思い出せない。思い出せないけれど、たしかに私が呼ばれているとわかるのです。すこし怖くなってしまって、私は部屋の天井を見つめていたのですが、すぐに立ち上がって、服を着てお布団にくるまり、その日はすぐに寝てしまいました。本当に、不思議な体験でした。あの人は誰だったのでしょうか?


 この日記は、私の大切な人が持っていたものです。ついこの間、その人が亡くなり、直前に遺族の方が私に渡すよう言われていたらしく、貰い受けました。今、日記の内容を一つ一つ見ているのですが、どれも、私の書く文書ととても似ていて、まるで私が過去に戻って書いたような、そんな気がするくらいです。そんなことを考えながら読み進めていたのですが、先ほど載せたこの1988年7月18日付の日記の内容を見たとき、私はぞっとしました。なぜなら、ここに書かれている"映像"の内容が、私が幼少期に入院した病院でみた夢の内容と全くもって同じだったからです。高い天井の部屋、コンクリート製の壁、部屋の大きさに合わない小さな絨毯、木漏れ日の陰、アロマキャンドルの薔薇の匂い、スープの煮えた音、お手玉を持った人、えんじ色のソファ、自分のものではない名前が呼ばれたこと、すべてが、私のみたそれと合致しています。
 そして、私も同じくそんな経験を過去にした覚えがありません。

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