見出し画像

山下泰平『まいボコ』(「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本)とデジタルアーカイブ

今回は、抗いがたい魅力にあふれた本、『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』(通称『まいボコ』)が、いかに最高か、そしてこの本の素地ともいえるデジタルアーカイブについて、語りたいと思います。

この本、一度目にしたら忘れられないタイトルですよね。
著者本人による、内容を説明した文を引用します。

明治娯楽物語を紹介するついでに文章を引用し、当時の文化も考慮に入れつつ、当該書籍に書かれていない部分も補足しながら、色々なこと解釈していくといった構成になっている。主に紹介しているのは、明治娯楽物語とその移り変り、そして明治人の考え方である。

『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』について - 山下泰平の趣味の方法 (hatenablog.com)


明治娯楽小説、という一大ジャンルがかつて存在したということ自体、私にとっては新鮮な知識でした。

内容が面白いことはもちろんですが、どのようにして書かれたのかということも重要だと思います。

少しおおげさに言ってしまうと、『まいボコ』は、古典文学の享受のありかたを面白く変えてしまう力を持った書籍だと思います。
これまで注目されなかった古典が、オンラインで大量に読めるということは、役立つというだけではなく、こういう良い意味で狂った作家を生み出すことができると思うのです。

以下に、著者である山下泰平さんの紹介を引用します(アマゾンより)。

1977年生まれ。宮崎県出身。デジタルアーカイブを活用して明治・大正あたりの文化を調べて文章を書く人。 山下泰平の趣味の方法 (hatenablog.com)

上に貼った山下さんのブログを読んでいただければ話は早いと思うのです。この本じたいもブログで読めます。

山下さん自身が仰る通り、まいぼこは「デジタルアーカイブを活用して」書かれた本です。とりわけ、山下さんは「国立国会図書館デジタルコレクション」を中心的に使用されているようです。あまりなじみがない人も一度覗いてみてください。情報量に圧倒されます。
国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)


この本が出たのは2019年でした。そして、昨年また国立国会図書館を通して「次世代デジタルライブラリー」とかいうワクワクサービスが使えるようになったのです!こっちはまだ一般向けに活用されるようになって日が浅いですが、修論の時期などだいぶお世話になりました。ここではひとまずリンクだけはっときます。
次世代デジタルライブラリー (ndl.go.jp)


まいぼこの魅力

私の思うこの本の一番の魅力は、まさに講釈のごとく、読者の知識欲をくすぐりつつ、あっけにとられるような、古典のぶっ飛び設定をわかりやすくみせてくれ、わくわくさせてくれることだと思います。

例えばタイトルにもあるように、森鷗外の小説『舞姫』を題材に、あの主人公をひたすらボコボコにしてやり復讐する、とか(これを大真面目に正義だと思ってやっているのが面白いんです)、『東海道中膝栗毛』のやじきたコンビが、今度は宇宙旅行しちゃいました!とか。突拍子もない奇想天外なアイデアにあふれています。

また、話が脇道にそれますが、ポリティカルコレクトネスのポの字もないような時代なので、容赦のない率直な描写が多いです。そのあまりの違いに驚きつつブラックユーモアに笑ってしまうこともあります。

私は、古典作品のためになる部分よりも、馬鹿らしいようなところが大好きです。その点、山下さんが紹介された明治娯楽物語は完璧です。
こういう面白ぶっとび古典作品に出会えること自体、普通に文学部で暮らしてるだけだとなかなか難しいと思います。デジタルアーカイブがあればこそといえるかもしれません。

あと、私が感銘をうけたのは山下さんの執筆の姿勢です。

ちょっと明治から大正の文学に詳しいですみたいな人にでも、突っ込み入れることができる感じになっているところがある。もちろん書いた私自身は、それなりに調査もしているわけで、一般人の20倍くらい突っ込みを入れることができる。面倒くささみたいなものを考えると、そういう突っ込み入れられそうなことは、あえて触れないのが一番いい。しかし雰囲気を読まずに必要なことはジャンジャン書いている。なんでそんなことをしているのかっていうと、雰囲気読まずに面倒なこともジャンジャン書いたほうが世の中良くなると思うからである。こういうのはなかなか難しい問題で、9割9分正しいけど1分微妙だから書かないみたいなのがある一方で、ルール上は正しいけどわりと間違ってんじゃんみたいなのは書いてもokみたいなのがある。色々とあるけど、個人的には全体的に利益になるんだったら、後々自分が嫌な気持になる可能性あっても書いたほうがいいのではっていう感じだ。

『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』について - 山下泰平の趣味の方法 (hatenablog.com)


「雰囲気読まずに面倒なこともジャンジャン書いたほうが世の中良くなると思う」という点、これがこの本を唯一無二にしている要因だと思います。学術書のようでそうでない、狂ったようにあるジャンルの作品を調べ続けた軌跡を一緒に辿っていくような。深夜、友達と公園で話し込んでたらいつのまにか壮大な結論に辿りついてしまった興奮、みたいな。そういう読了感でした。

たしかに山下さんの文章はときどき読みづらいし、内容も直そうと思えば(ご本人も言う通り)いくらでも直せそうな感じです。
でも、そういう決まりきったものを期待している自分のつまんなさに気付くというか、期待を裏切られつづける読書体験も最高に楽しいと思います。

総じて、感想としては、「今はあんまり注目されてないけど、私はこいつの魅力がわかってんだぜ」というような思いを抱かせる作品に出会えるのが、デジタルアーカイブの魅力なのだろうと思いました。

ということで今後、山下泰平さんほど吹っ切れた面白い記事は書けないだろうけど、私もデジタルアーカイブを駆使して、面白い資料を紹介できるようになりたいな~と思います!!


おまけ

最後に、早速ひとつ。
何か自分の好きなものをキーワードとして、国立国会図書館デジタルコレクションで検索してみます。

好きなものといえば、実家で飼っているウサギのことが頭に浮かんだので、「兎」と入力し、検索。

すると明治~大正あたりに、やたらと「養兎」の文字がみえます。

そういえば、明治頃に、兎が大人気だったときいたような気がします。
検索してみると、Wikipediaにも「ウサギバブル」という記事がありました。(ウサギバブル - Wikipedia
明治のウサギの飼い方の本の目次をみてみると、毛皮の作り方とか食べ方とか…今の「愛玩動物」という感覚からはだいぶ遠かったのかもしれません。

さらにもう少し古い資料をみるために、条件に「古典籍資料(貴重書等)」を追加します。すると、血みどろ浮世絵で有名な、月岡芳年の絵がでてきました!


芳年『月百姿 玉兔 孫悟空』,秋山武右エ門,明治23. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1311512 (参照 2023-03-31)


きゃわいい、振り返るウサギ。

実家のネザーランドドワーフ(ピーターラビットの品種です)とはずいぶん違う、たくましいお姿


しかしこのウサギ、悪さをしたので孫悟空にとっちめられているという図です。可愛いだけではないのですね。

それにしても孫悟空の衣服のたなびき方、美しいです。

と、このように、少し検索しただけでも、明治におけるうさぎ像が垣間見えた気がします。でもまだまだ、もっと馬鹿らしいものや、ふざけたもの、面白いものを見つけていきたいです。


(終)



よろしければサポートお願いいたします。励みになります!