カーテンで仕切られた病室で赤ちゃんの心音を聞くのがつらかった夜
604gと552g、小さく生まれた息子たちの記録(双子が生まれるまで②)です。前回はこちら。
双子の一人が破水した翌日、医師からの電話を受け、急遽入院生活が始まった。
破水すると赤ちゃんが外の世界とつながり、感染症を起こして母体にも影響する恐れがあるそうだ。子宮内感染を防ぐため、入院して管理する必要がある。
急なことだったけど、夫も午前中は仕事を休み、入院手続きを手伝ってくれた。
入院期間は胎児の状態次第で、ひとまず2週間の予定。入院に必要なものって旅行の準備と同じでいいんだろうか? そう悩んでいるうちに、夫はGoogle先生に聞いて必要なものを指示してくれた。頼りになりすぎる。
<用意したもの>
・スーツケース ・パジャマ2着 ・下着4日分くらい ・タオル数枚
・入浴グッズ ・洗面用具 ・メガネ ・コンタクト ・ナプキン
・化粧品類 ・タンブラー ・スリッパ ・洗濯バサミ ・ハンガー
・ビニール袋 ・リュックサック ・パソコン ・iPad ・充電器
・延長コード ・本2冊 ・日記帳 ・ペン など……
ある程度そろえたところで、足りないものがあればあとから補充すればいいということにした。
(あとから夫にポケットWi-Fi<←Wi-Fi飛んでない病院では必須!>を契約して持ってきてもらった)
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病院では前日と同じ「MFICU(母体と胎児の集中治療室)」に向かった。夫とは病棟の入口でお別れ。病室は個別にブースで分かれていた。完全な個室ではなく、よくある病院のカーテンと、少し分厚めのアコーディオンカーテン様のもので仕切られている程度で、隣の患者さんの声は丸聞こえだった。
でも、思っていたよりも広いし快適そう。今思えばのんきな話で、当時は何の知識もなく、「MFICU」に通されたことに気づいていなかった。
改めて診察を受け、担当医から淡々と説明を受けた。
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14週という極めて早い時期に破水した場合、中絶を勧める。
ただ、今回は双子で別々の部屋に分かれていて胎盤も別だから、今のところもう一人(弟)に異常はない。
でも破水している方がいつ細菌感染するかわからないし、さい帯(へその緒)が圧迫されて栄養が届かず胎内で亡くなるかもしれない。そうなるともう一人に影響する。陣痛が来ることもあるかもしれない。
赤ちゃんは元気なのですぐに中絶する理由はないが、このままの状態が続くとは考えにくい。膜がふさがることもあるが、可能性は極めて低い……。
ーーー
はっきりとは言われないけど、破水した子が亡くなるのを待つしかないということだろうか。
前向きになれる材料を探したいのに、妊娠の継続を期待できる言葉は見つからなかった。自分の体で何が起こっているのか、私はどうしたらいいのかわからなかった。
なんで破水しちゃったんだろう……やっぱりこの答えのない問いはついて回る。
血液検査をしても数値で見る限り感染の兆候はないらしく、原因はわからなかった。原因がわかれば自分を責めていたかもしれないけど、当時は「なぜ」の気持ちが先行していた。
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まずは感染しないように抗生剤を点滴して管理し、今後については胎児の状況を見て判断ということになった。
点滴は、1時間で終わるビクシリンと2時間かかるエリスロシンの2種類。それを1日計7回、1週間ほど続けるそうで、基本的に左腕に刺された針(というか細い管)は抜かず、点滴が終わるまでこのままらしい。
初日は余裕綽々だったものの、2日目の夜に左腕が痛み始めた。腕が上げられないほどズキズキして、食欲もなくなった。痛むのは決まってエリスロシンを点滴しているとき。「血管痛」と言って、痛みを訴える人が一定数いるようだ。
点滴の2時間が長すぎる。
温めると和らぐと言われホットジェルをもらったけど、なかなか引かない。結局別の場所に挿し替えてもらうことになったのだけど、挿し替えのためゴムバンドで腕を縛られたときと親指を内側に入れて握ったときの激痛ときたら……もう二度と経験したくない。
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入院4日目、一般病棟へ移ることになった。
そこで初めて、今いる場所が「MFICU」だと知った。ハイリスク妊婦や胎児を24時間態勢で管理・治療・処置をするところ。状況はちっとも変わっていないのに、いや、変化がないから移動することになった。緊急度が下がったということなんだろう。
一般病棟では個室か大部屋を選択できる。追加で費用はかかるけど、できれば個室がよかった。
産婦人科の病棟なので赤ちゃんの声が聞こえるのは必至。いくらかわいらしい声でも、この精神状態で聞いたら壊れてしまう。私だってお腹の赤ちゃんの泣き声を聞きたい。
何日続くか分からない入院生活、心の安定を優先したかった。一番安い個室は空いていないということで、しばらくは4人部屋で過ごすことにした。
「赤ちゃんがいる新生児室からは遠い部屋にしますね」と看護師さんが気を使ってくれた。
が、こう続けた。
「でも、赤ちゃんの心音は聞こえてしまうと思います」
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大部屋の仕切りは薄いカーテン1枚。残念ながら窓際でなく、外は見えなかった。赤ちゃんの泣き声はほとんど聞こえてこなかったが、聞こえるとむしろ微笑ましく思った。
それ以上に気になったのは「赤ちゃん(胎児)の心音」だった。
同じ部屋の妊婦さんたちは、出産間近や私よりも週数が進んでいるようで、お腹の赤ちゃんが苦しくないかモニターで測る「ノンストレステスト(NST)」を毎日していた。モニターを付けられるのは23、24週くらいからで、それ以前だとうまく心音を拾えないらしい。
モニターを付けている間は、「ドク、ドク、ドク、ドク」というか、「グォン、グォン、グォン、グォン」というか、なんとも言えない音が機械を通して聞こえる。
私はまだ15週。基本的な管理は1日1回胎児超音波ドップラーでの心音確認と週2回の健診、血液検査で、まだNSTをする段階ではなかった。妊婦さんたちがモニターをつけるのは夜ご飯が終わったあと。40分くらいつけ続ける。
生きて生まれてこないと告げられた赤ちゃんと、生まれる日を待っている赤ちゃん。
夜はマイナスなことを考えやすい。油断するとどんどん深みにはまって悲しくなった。
みんな、入院しているということは何らかの理由がある。周りの妊婦さんや赤ちゃんたちが元気なのはとても嬉しい。だけど、そう考える余裕がないこともたくさんあった。
周りから心音が聞こえている間、私はイヤホンをつけて動画に没頭していた。無の時間をつくりたかった。時にはバラエティを見て笑いたかった。
破水から5日経ってもお腹の二人に大きな変化はない。これはいいことなんだ、と言い聞かせた。
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入院9日目、個室に移った。壁を隔ててお隣は新生児室。そこしか空いていなくて、看護師さんは何度も「大丈夫?」と気にしてくれた。この数日で赤ちゃんの心音より泣き声の方が精神衛生上いいことがわかったから、そんなに気にならないはずだ。
幸い保険に入っていて「入院一時金」がもらえそうとなったので、金銭面は深刻に考えず心穏やかに過ごすことを優先した。
いざ個室に移ると、気持ちがぐっと楽になった。
動画を見るときにイヤホンがいらない。窓から緑が見える。これまでベッドそばの冷蔵庫が有料だったのが無料で使える。なんといっても、周りの赤ちゃんの心音が聞こえない。自分のお腹だけに集中できた。
「胎内で亡くなるかもしれない」という医師の言葉を信じたくなかったが、個室生活もそんなに長くはないんだろう。
しかし、医師の言葉とは裏腹に、入院日数はどんどんカウントされていった。日を重ねるうちに、嬉しくなって欲が出てきた。希望も膨らんできた。
ゆっくりゆっくり、春を過ぎるまでお腹にいてね。
毎日そう祈っていた。
突然の破水、入院、出産、成長……小さな息子たちとの日々を不定期で書いていきます。
不安で先が見えなかったとき、ブログやSNSにつづられたみなさんの体験談がとても支えになり、参考になりました。一つ一つケースは違うけれど、私の経験も誰かのお役に立てるとうれしいです。
(と言いつつ、自分の心の整理のためも書いています)